異世界式マチアプ!〜正体隠してマチアプしたら、相手が魔王だった件〜

ドコ

異世界式マチアプ!〜正体隠してマチアプしたら、相手が魔王だった件〜

 勇者とは、孤独な生き物である。


 超国民的RPGでもおなじみだよな。1作目はガチの一人旅だし。ちなみに俺がやり込んだのは3作目だ。

 武闘家(女)と賢者(やはり女だ)をふたり連れて、何度ハーレム旅を堪能したか分からない。

 たまには、ひとりで大魔王を倒してみようなんて縛りプレイで世界を救った時の爽快感ったら言葉にできない。


 だから俺が異世界転生した時も、ひとりで魔王を倒そうと思いました。


 職業、勇者。

 何かチートスキルでもあるかって? 聞いて驚け、ないんだなこれが。

 一応、無限に何でも入る道具袋を持ってるおかげで、旅には苦労してない。ストレスフリーだ。

 レベルだってコツコツ上げてりゃ、まぁ何とかなるし。最初は始まりの街から何度も出たり入ったりして、怪我するたびに宿屋に逃げ帰ってたけど。スライム×5の体当たり、これマジで痛いんで。


 そんな俺も、ひとり旅の苦労が報われる時がやってきた。いよいよ、フィナーレが近づいてるってわけ。


 ザックリ簡単に説明すると、この異世界«ノア»は魔王の箱庭だ。人々は魔王に管理され、箱庭の中で飼われている。それを平和と呼び、受け入れてる奴もいるし、創造神に抗おうとする俺みたいな奴もいる。

 明日、魔王を倒したら世界は平和になり、人々に自由が訪れ、そして──俺は勇者として一生この世界で暮らすことになるんだろう。


 貯蓄に関しては問題ない。地道に魔物を退治して貯めた金がある。装備くらいにしか使う金が無くて持て余していたから、城下町のすぐ近くに家も買った。

 あとは、一緒に暮らしてくれる女の子でもいたら良いんだが……。ずっとひとり旅をしてきたせいで、女の子とのフラグは一切ない。ハーレムを期待してたか? 残念だな、俺もだ。

 異世界でひたすら自分磨きを続けてきた俺に、運命の出会いなどない。……あまり自信満々に言いたくないが。


 じゃあ、孤独な勇者はどんな方法で新たな出会いを求めるのか?

 それは、マチアプだ。

 異世界«ノア»では、スマホ風の石版を使って、遠く離れた人とメッセージや音声を飛ばし合うことができる。原理は知らん。

 ちなみに、メッセージを送るにはMPを5消費する。音声だと10だ。既に連絡先を交換した相手は石版の中にある記憶データに登録されるんだが──ここからが面白い話。


 この石版は心の状態を深く反映しており、マチアプ機能を使うと石版が自動的に相性の高い相手を判別して、メッセージが送れる仕様になっている。

 宛先を空欄にして任意のメッセージを送信すると、この世界のどこかにいる運命の相手に届く仕組みだ。


『彼女募集中。22歳男。持ち家あり。一人暮らし。まあ、フィーリングが合えば』


 何そのメッセージ。お前出会う気あんの? ってお叱りはごもっとも。

 言い訳させてもらうと、勇者がガツガツしてると思われたくないのがひとつ。斜に構えたい年頃でね。言わせんな恥ずかしい。

 と、まあ……ここまでで、見栄っ張りで頑固な俺の性格がだいぶ分かったかもしれない。

 勇者であることを伏せて女の子と出会いたい。あわよくば、勇者である俺を受け入れてもらってワンチャン尊敬されたいなんて、実に欲張りセットすぎる。

 でも夢見たっていいだろ? 異世界だもん。


 そんな俺のメッセージに、返事が返ってきたのがついさっき。


『長命種で少し年上かもしれませんが、よければお話しませんか?(>ㅿ<;;)(添付画像アリ)』


 そんなメッセージと共に添付されていたのは、長い黒髪の年若い少女だった。少女の服装は黒いドレスのようだ。決して下品さは無く、露出度は控えめ。

 恥ずかしそうに片手で目元を隠している姿が何ともエロ……かわいらしい。


 ここで『めちゃくちゃエロいですね』なんて言ったらドン引きされて二度と返事が返ってこない。それに、即レスなんてしたら『必死すぎてキモい』と思われるかもしれない。

 返事は慎重にいこう……。


『年上好きなんで全然OKです。どこ住みですか? 俺は王都なんですけど。てか普通にタイプです(笑)』


 俺は奇跡の一枚とも言うべき盛りに盛った自撮りを添えて、MPの消費と共に相手へ飛ばす。

 正直、俺は彼女のために今夜のMPをカラカラにする気満々でいる。


『王都のすぐそばです! PS.さっそく連絡先登録しちゃいました。かっこいいですね(⑉・ ・⑉)』


 えっ、この子かわいくないか? 脈アリってヤツじゃないか? 好きになっちゃいそう。

 俺は、口から心臓が出そうなくらい緊張していた。明日の魔王討伐のことなんてどうでもよくなっているくらいだ。


 嬉しさに悶えながら、俺はもう一度メッセージを送った。


『なんて呼んだらいいですか? 俺はユウって言います』


 ピュアな恋心と期待感を、震える指で送信する。


『イブって呼んで欲しいです』


 すぐに返事が来た。今度は顔文字無しだ。

 さっきの自撮りに相応しい、清楚で可憐な名前の響きを噛み締めていると、再び石版がメッセージの着信を知らせた。


『こういうの慣れてなくて、変なこと送ってたらごめんなさい:( ;´꒳`;):』


 もうさ……これ脈アリだろ。この子、俺のこと好きなんじゃね?


『何で、俺に返事してくれたんですか?』

『友達が欲しかったんです。私、人見知りで……男の人と話したことなくて(・ω・`)』


 今どきそんな女の子おる?

 いや、イブがそんな嘘をつくような子には思えない。

 俺は続けてメッセージを送った。


『よかったら、通話してみませんか?』


 ……。

 …………。

 ………………。

 返事は無い。

 ヤバい。早速地雷踏んだか?

 せっかくあんなやる気のないメッセージに反応をくれた女の子を、たった一言の下心でドン引きさせてしまったのか?

 明日、魔王倒せないかも。とりあえず、寝るか……。

 俺はベッドに仰向けになった。


 ……やっぱりもう一度だけ、イブの自撮りが見たい。


 俺は欲望丸出しで、石版に映し出された自撮りを見つめた。

 黒いドレスに身を包んだ清楚な女の子。もしこんなかわいい子が彼女になってくれたら、さぞ毎日楽しいだろうな……なんて考えながら目を伏せる。

 勇者よ、明日は魔王討伐だぞ。女にうつつを抜かすなんて情けない! なんて、王様の嘆きが聞こえてきそうだ。でもやめられない。ごめん、王様。


 しみじみそう感じながら目を開けると、黒髪の美少女、イブがそこに立っていた。


『返事が無かったので、私から掛けちゃいました』


 イブは悪戯っぽく笑って石版を指した。

 石版での映像通話は、いわゆるホログラム的なやつで、触れることはできない。だから俺がこの子に対して、大いなる間違いを犯すことはない。


『ユウさん?』


 不意にイブが視界に入ってくる。不安そうな赤い瞳がかわいすぎる。長い黒髪の間からちらりとエルフのような長い耳が覗いた。そういや、長命種って言ってたもんな。

 いや、そんなことより……何とかして話を繋げよう。


「え、えーと、通話、ありがとう。すごく、嬉しいヨ」


 あまりの緊張から、俺はカタコトで話しかける。イブは全く気にしてないのか、手でベッドの辺りを触るような仕草をした。


『これが、ユウさんのベッド?』


 イブは、はにかむように笑っている。や、やべーッ! かわいすぎーッ!

 俺はベッドから体を起こして座り直すと、珍しそうに部屋を眺めているイブの姿を見上げた。


「そんなに珍しいっすか?」

『はい、とってもかわいいです♡』


 かわいいという感覚はちょっと分からないが、イブは棚や椅子、本棚なんかを見ながら俺の部屋を探索していた。


『配置も、色合いも、とってもかわいい』


 そう言って柔らかく笑ったイブを見ているだけで、彼女とお泊まりデートをしているような気分になって自然とニヤニヤしてしまう。


「イブの部屋はどんな感じなんだ?」


 俺が尋ねると、イブは少し考えた後、はにかむように笑った。


『遊びに来ますか?』

「えっ」


 その言葉と共に、俺の視界が一変した。

 黒いレースのカーテンが夜風で柔らかく揺れ、ゴシック調で揃えられた家具が並んだ広々とした部屋がそこにある。


「ユウさん♡」


 耳元で囁かれて慌てて振り返ると、そこにはイブの姿があった。しかし、何だか様子がおかしいような……。


「お、お前……」


 俺が一歩後ずさると、イブが一歩近づいてくる。ブーツが、低く床を鳴らした。

 黒いドレスに身を包んだ黒髪の少女、イブ。その背中に生えているのは濡れ羽色の大きな羽根。


「イブ……そうか、お前……イブリース……」


 唐突だが、この世界を支配している魔王の名前はイブリースと言う。黒い羽根を生やした邪悪の化身だそうだ。


「お友達から、よろしくお願いしますね♡」


 異世界式マチアプで出会った女の子は魔王でした。

 たった一言で終わる説明なんて親切すぎるだろ? 俺もそう思う。そう思わなきゃやってられない。

 武器もなければ防具もない丸腰の俺は、今、魔王を目の前にしているのだから。


「何で魔王にメッセージが届いてんだよ!?」

「きっと、ユウさんが私のことを考えていたからですよ」


 イブリースはそう言って嬉しそうに笑うと、俺を見上げるように覗き込んできた。


「そして私も──あなたのことを考えていました。私を倒す勇者はどんな人間だろう? 仲間は? 装備は? どんな手段で私を倒そうと考えているのか──もしかしたら私は、あなたに倒されるかもしれない。そう思うと、頭の中があなたでいっぱいになって……」


 イブリースの赤い瞳が細められた。息がかかるほど近くに、魔王の唇がある。


「ま、魔王のくせに勇者を意識してるとはな」


 口から心臓が出そうなくらい緊張しているが、言うことは言ってやる。ここで舐められたら終わりだ。

 バトルは、もう既に始まっている。


「してました。でも、ユウさんも同じですよね?」


 可憐な少女の顔をして、イブリースが笑う。ちくしょう。これが魔王でなければどんなに良かったか! 一瞬でもコイツを彼女にする妄想をしていた自分の記憶を消したい。


「人の身でありながら、魔王に挑もうとするなんて……命知らず♡」


 イブリースが俺の耳元で優しく囁いた。

 もしかして、もう魔法をかけたのか? それともこの部屋自体に何か結界のようなものが張られているとか?

 先程とは全く別の緊張感に支配されて、指すら動かせない。俺は今、完全に魔王の術中に嵌ってしまっているッ!


「魔王様ともあろう人が、丸腰の人間に手を出すのか?」


 俺は引きつった声でイブリースを挑発した。これは賭けだ。コイツは仮にも魔族の中の王。それなりに誇りなんかもあるだろう。

 予感は的中した。


「いいえ、このまま家に帰して差し上げます。そちらの扉からどうぞ」


 イブリースの合図と共に、部屋の扉が独りでに開いた。

 コイツの本心が分からない。もしかしたら俺が背を向けた途端に襲いかかってくるかもしれないし、油断はできない。

 俺は、イブリースに背を向けないように壁に背をつけて、じりじりと扉に近づいた。そんな俺の姿をイブリースが微笑みながら見つめている。


「勇者を逃がすとか、ずいぶんな自信だな。強者の余裕ってヤツか?」


 俺の挑発にも、イブリースは穏やかな表情を崩さない。それが逆に恐ろしくて、美しくもあった。


「もしかしたら、私は明日死ぬかもしれない──これを余裕と呼べるのでしょうか?」


 赤い瞳が俺を映している。それだけで、背中がピリピリした。

 手探りで扉に触れて、一歩一歩後ずさっていく。


「いつまでも石版を眺めていたら眠れなくなってしまいますよ。どうぞ、夜更かしは程々に」


 イブリースは、まるで子供をあやすような口調で言った。次第に俺とイブリースの距離が開くたび、お前は俺のお母さんかッ! と心の中で突っ込む程度の余裕が生まれ始めている。


「おやすみなさい、ユウさん」


 ゆっくりと木製の扉が閉じて、視界が真っ暗になった。

 焦げたパンの匂いが鼻腔をくすぐる。


「んあー」


 俺は石版を握ったままベッドから落ちていた。

 朝だ。窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえてくるし、あたたかな太陽の光が部屋に差し込んでいる。


 何だか、ものすごく恐ろしい夢を見たような気が……。


 マチアプの相手が魔王イブリースで、俺は奴の城から命からがら逃げてきた。

 まあ、夢って大体、突拍子もないことが起きるから別におかしいことでもないけどな。魔王討伐のことを考えすぎて夢に出てきちまっただけだろうし。

 大体、魔王が美少女って発想が都合良すぎるんだよ。


 そう思いながらベッドから身を起こした俺は、焼きたてのパンの香りに誘われてキッチンに近づいた。


「うおー、美味そう!」


 俺はバスケットからパンをひとつ取って頬張った。焼きたての小麦の香りがたまらない。中には程よく塩味のきいたクリームチーズが詰まっていて、食欲をそそる。

 テーブルの上には、水筒と弁当箱が置かれていた。朝早く起きて作ってくれたのか。嬉しいやら恥ずかしいやら変な気分だ。

 しっかり食べて魔王を倒しに行こう。


「ん?」


 身支度を整えて弁当箱と水筒をバッグに詰めた俺は、玄関のドアノブに手をかけて思いとどまる。

 俺は、ひとり暮らしだよな? 一体誰がパンを焼いて弁当箱を用意したんだ?


 背中に、ピリピリとした感覚が張り付いている。


「ユウさん」


 すぐ後ろで名前を呼ばれたが、振り返ることができない。

 ドアノブを握ったまま硬直している俺に、声の主は続けて言った。


「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね」


 扉に映った人影が、俺に向かって手を振っている。

 その声が誰なのか考えるより前に、俺は慌てて家を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

異世界式マチアプ!〜正体隠してマチアプしたら、相手が魔王だった件〜 ドコ @doko-san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画