自分勝手を愛してる

プラリネ

本編

 同棲していた恋人が死んだ。

 自殺だった。

 理由が何かとかは、知らない。


 その日は夏の暑い日で、恋人と少し喧嘩をしてしまった。

 頭を冷やすとか言って、蒸し暑い外を歩くことにしたのは私だ。

 頭は冷えなかったが、おかげで馬鹿なことをしているなぁ、とすぐに思い直すことができた。


 だからすぐに帰ったんだ。

 すぐのつもりだったのに。


 帰ったら、クーラーがキンキンについていた。

 いくら真夏と言ったって、それはそれはもう肌寒いくらいだった。

 電気代とか考えてよね、と心の中で悪態をついたことすらよく覚えている。


 恋人はどこまでも自分勝手な人だった。

 私に手を上げることだって、珍しいことではない。

 そこで殴る前に泣きだす日もあるし、そのまま殴ってから泣く日もある。

 情緒不安定と言うのは簡単で、何かを抱えていることくらい理解していた。


 けれど殴られているのは私で、私はもう片方の頬を差し出せるほど聖人じゃない。

 泣いている恋人に怒り返すことばかりだった。


 だからあの日だってその延長線上だって思っていた。


 半開きのドアの向こうに、一見恋人はいなくて。

 ただ、やけにドアが重かったから、ドア裏をそのまま見た。

 そこに特別な意味など何もなかった、確認以上の意味はない。

 何も考えてなどいなかった。


 だからそこに愛する人の死体があるなんて、知りたくもなかったというのに。

 現実はどこまでも残酷で、事実しかそこに置いてくれない。


 首に巻かれたタオルは、恋人が応援していたスポーツのチームグッズだった。

 そんな些細なことまで知っているのに、こんな事が起こるなんて思っていなかった。

 死にたいとは言っていたが、まさか本当に、死ぬなんて。


 もちろんやれることはやったつもりだった。

 一切講習を受けていないなりに、蘇生処置をした。

 救急車だって呼んだ。

 もう死んでいたらしいけど。


 ちなみに、遺書は無かった。

 なんだ、私に言い残す愛の言葉もないのか、と笑えてきた。


 ……これは葬式が終わった辺りの話だ。

 周りの目は好奇と、憐みと、色々あった。

 でもそんなことよりも、よく覚えていることがある。


 誰かが話しかけてきた。

 誰かは覚えていないし、多分そこまで重要なことじゃないんだと思う。

 重要なのは、渡された物。

 まるでガラケーのような見た目、いやそれそのものだった。


 なんでもこれは、入力した日付にタイムリープできるらしい。


 試しに昨日の日付を入れたけど、確かにすべてが巻き戻っていた。

 なんて恐ろしいものを手に入れてしまったんだ、と恐怖しつつも興奮したことは記憶に新しい。

 けれど、さて、使いどころはあるのか。


 ふと、思いついてしまった。

 多分思いつかない方がマシな考えのはず。

 でも思いついてしまったからには、最早無視できるものじゃなかった。

 未だ愚かな未練を残した私にとって、名案でもあったから。


 私は恋人が死ぬ前にタイムリープした。

 自殺する前日とかじゃなくて、幾分か余裕をもって。


 私はできる限り、恋人に優しく接した。

 もちろん人はすぐに変われないから、苛立つこともあったけど。

 少なくとも自殺されたあの日に同じような喧嘩をしても、家出なんて幼稚な真似はしなかった。


 結果は何も変わらなかった。

 目が覚めたら、遺書も無しに自殺されていた。


 あぁ、私の恋人はどこまでも自分勝手だなぁ、と変に脱力した。

 私がここまで心を尽くしたのに、何も響いてなかったらしい。

 或いは、もうそういう運命なのか。


 だから私も自分勝手になることにした。

 運命だろうが、疲れていようが、死にたかろうが、ここで終わらせはしない。

 絶対に添い遂げてもらう。

 私はあなたを愛しているから。


 けど。

 どんなに気を遣ったって、人はそう簡単には変わらない。

 いや、人が変わることなどないんじゃないか?

 そう思えるくらい繰り返して、繰り返して、繰り返して、結果は同じだった。

 過程は違えど行きつく先は同じだった。

 自殺されておしまいだった。


 いつからか、私も疲れ果てていた。

 この先の人生なんて知らない癖に、私にはこの恋人しかいないと執着して。

 一つの考えに辿り着いた。


 絶対に添い遂げたいなら、一緒に死ねば、添い遂げられる。

 もしも失敗しても、後を追えばいい。

 恋人が失敗するなら、きっと泣きながら私の後を追ってくれる。


 そう思って心中を提案したのも、覚えている。


 目が覚めて、冷たい恋人を見て、失敗したことを悟った。

 仕方ない、薬はもうないから手首でも切るかと立ち上がる。

 視線が床から上がって、テーブルの上に何かあることに気づいた。


 遺書だった。

 何回やっても、誰にも何も言い残さなかったというのに。

 今更、恋人は何かを書いてくれたらしい。


 最愛のあなたへ。


 ごめんなさい。

 自分は弱いので、あなたにやっぱり死んでほしくありません。

 だからちょっと細工をしました。

 強いあなたは、きっと自分抜きで生きてくれるでしょう。


 でも、強いあなたが死にたがっていたとは知りませんでした。

 ずっと強いばかりで、傲慢で、自分のことは見ていないと思っていました。


 気が変わったのか、疲れただけなのか、わかりませんが。

 同じ弱さを抱えていると知れて嬉しかったです。

 愛しているのは自分だけだと思っていたので、希望が持てました。


 愛しています。

 自分は疲れてしまいましたが、あなたはもうちょっと頑張ってほしいです。


 ……どこまでも自分勝手。

 ふざけるな、と思った。

 自分も恋人も、ふざけているつもりなら死んでしまえ。

 死ぬつもりだったし、あっちは死んだけど。


 恋人が自分勝手なのは、誰から見ても明らかだけど。

 何やら自分勝手だったのは私もらしい。


 私は強かった。

 或いは傲慢だった。

 恋人の気持ちなど何も考えないで、私の都合だけで事を進めすぎたのかもしれない。

 死ぬような思いの果てに、ようやく気づいた。


 人は変わらない。

 余程のことがない限り、人は変われない。

 大変な目に遭っても、変えれないことだってあるだろう。


 だから私は決めた。

 自分勝手だと相手に憤る前に、まずは自分が変わろう。

 押し付けがましく傲慢だった、私が変わろう。


 でも、恋人に生きていてほしい。

 これだけは変えられない、変えたくない。


 きっと私はこれから何度も失敗する。

 恋人が死ぬ憂き目を見るのは、一度や二度じゃないかもしれない。

 それでも、このことに気づけたのなら、いつかは違う未来が掴めるかもしれない。


 自分勝手だろう、どこまでも。

 死にたい人を生かすのも、自分にだけ与えられたチャンスを自分にしか使わないのも。

 いつか手痛いしっぺ返しを食らうかもしれない。

 でもそれでいい、自分勝手で構わない。


 究極的に人は自分勝手だ。

 だとしても、私はあなたを愛しています。

 あなたがいつか、それに気づいてくれればいい。


 或いは私がいつか、あなたのことをもっと知れればいい。

 理由は知らない、なんて言えないくらい。

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