1-5 「赤い信号」

培養槽の側面に取り付けられた警告灯が赤く点滅した。

停止していたポンプがかすかに軋み、装置が外へ信号を送信する。


──その頃、塔から離れた下層街。夜の街灯がアザゼルの店を照らしていた。

古い木の机の上で受信装置のランプが一回点滅した。

アザゼルは顔を上げ、椅子を少し引いた。

受信装置に手を伸ばす。


室内は狭い。

古物商にある棚の奥は暗く、光が届かない。

天井から吊るされた逆さカラスの剥製が、赤い点滅を受けて揺れた。

影が壁と床に映る。


その光が、過去に聞いたレインの声を思い出させた。


──白い壁。

厳重な警備をすり抜け、レインの待っている研究室に入ったあの日。

レインが小さな装置を差し出した。


「もしものときは、これで……」


赤い光が現実に引き戻す。

アザゼルは静かに息を吐いた。

仮面の奥の瞳が細くなる。


「レイン、しくじったか」


椅子が軋んだ。

彼は立ち上がり、外套の裾を払った。

天井から吊るされた逆さカラスを一度見上げる。

赤い光がその羽根を照らし、影がゆらいだ。


受信装置のランプは途切れぬ信号を灯していた。

アザゼルはそれを手に取り、襟元を軽く整え、扉に向かった。

錆びた取っ手を引くと、冷たい風が流れ込む。


外の街は薄暗く、街灯が並ぶ道が遠くまで続いていた。


彼の手の中で、装置の赤い光が明滅を続けていた。

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