1-1 「創造の胎」
──生成から4日後。
無機質な静寂を、培養槽の駆動音が満たしていた。
透き通る液体の中心で、光の粒がゆらめき、螺旋を描き始める。
それはまるで種が芽吹く瞬間のように、ゆっくりと“命”を形にしていった。
レインはパネルの前に立ち、静かに中を見つめていた。
淡い照明が頬を照らし、視線は微動だにしない。
これは、計画。使命。そう言い聞かせながらも、心の奥が水面のように揺れる。
螺旋は膨らみ、淡い光を宿した種のような塊になる。
膜がふわりと膨らみ、そこに微かな“脈”が生まれる。
レインの唇がかすかに動いた。
「……小さい……」
時間の経過とともに、その塊は胎児のような形へと変わっていく。
細い手足が芽吹き、骨の線が光に透けて浮かび上がる。
鼓動が微かに聞こえると、レインは無意識に呟いていた。
「あなたの心臓……ちゃんと動いてるのね」
光の糸がさらに密になり、皮膚が薄い膜として身体を包み始める。
背骨が伸び、顔の輪郭が少しずつ人の形を帯びていく。
「……ちゃんと顔になってきた」
レインの声には、もう科学者の冷たさはなかった。
ふと、液体の中の幼い指先がわずかに動いた。
頼りない手が、水の抵抗を押し分けるようにして、ガラス越しの彼女へと伸びる。
まるで、その温もりを求めるかのように。
レインもまた、ためらいながらその手に掌を伸ばした。
冷たいガラスに触れた。
その瞬間、胸の奥にじんわりとした熱が広がる。
触れられるはずのない距離なのに、不思議とその小さな命のぬくもりが伝わった気がした。
やがて、閉じていた瞼がわずかに開く。
その瞳、星屑を散らしたような輝きが、静かにレインを見つめていた。
まるで世界を知ろうとするように、まっすぐに。
レインは瞳を覗き込み、かすかに息を吐いた。
確かにあった……ナノセル。特殊な細胞。
ゼウスを止められる、唯一の“切り札”。
「ちゃんとある。アザゼルの血のおかげね」
レインの呼吸が止まる。
胸の奥で何かがほどけるように、静かに震えた。
「……綺麗な瞳」
その瞬間、実験室の冷たさがほんの少しだけ揺らいだ。
白い部屋の中で、ひとりの母とひとつの命が、確かに出会った。
レインは小さく微笑み、誰に聞かせるでもなく囁く。
「その瞳はいずれ、彼に……もう1つの星に会わせてくれるわ」
培養槽の液体が穏やかに揺れた。
たったひとつの鼓動が、静かな世界を刻み続けていた。
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