処刑された聖女ですが、皇女に転生してお兄様たちに溺愛されています

朝森さな/ビーズログ文庫

序章 聖女の処刑

序章ー1


「ジゼル! このにせ聖女め!」


 偽聖女とののしられて、ジゼルのむらさきひとみこんわくかんだ。


らえろ! 大逆をはかったしいぎゃくしゃだ!」


 とうの言葉が投げつけられ、武装した兵士たちがいっせいにジゼルを取り囲む。白いぶくろをはめた男の手がジゼルの頭をつかんで、いしだたみひざまずかせた。


「おまえのたくらみはすべてけんしている! もうのがれはできないぞ!」


 ジゼルをにらみつける男はナタン・ド・ランスフォール。このコライユ王国の王太子だ。


「ナタン殿でん? これはどういうことですか!?」

だまれ! 身分のいやしい者が軽々しく私の名を呼ぶな!」


 ナタンはぞうのこもった目でジゼルを見下ろした。


「ジゼル! おまえは聖女でありながらどうちた! 許されざるだいざいにんだ!」

「そんな……何を言って……」


 あらしばりあげられてほうがはだけ、ジゼルのかたにあるあざがあらわになる。

 の形をした赤い痣は、ただの痣ではない。聖女の条件の一つである「せいこん」と呼ばれるしるしだ。ジゼルには生まれた時から肩にこの聖痕があった。


「私にはわかっていたぞ! であったおまえなど、この国の聖女の座にふさわしくないと!」


 ジゼルは反論しようとしたが、声が出なかった。するどい痛みに頭をめつけられたのだ。


(……痛い……!)


 この頭痛には理由があった。昨日、聖女だけが持つ特別なの力を極限まで使いきってしまったのだ。

 聖女には傷や病を治すとくしゅな能力があるが、りょうこうには反動がともなう。が重いほど、病人の容態がじゅうとくなほど、より大きないやしの力が必要になり、その反動は術者に

 ――つまり聖女本人に返ってくる。

 ジゼルは昨日、王家にわれて治癒の力を最大限に開放した。その結果、翌日になっても回復しないほどの|眩暈

《めまい》や頭痛になやまされて動くこともできずにいた。そんな不調の中にんできたのが、この王太子ナタンだったのだ。


(ナタン様は私がたいぎゃくを謀り、魔道に堕ちたと言ったわ。いったい何のこと……?)


 ジゼルが身に覚えのない罪に絶句していると、ナタンはするように言った。


「母上を……この国のおうを殺害するとは神をもおそれぬ大罪! ジゼル、おまえはもはや聖女ではない! あくらつなるじょだ!」

(王妃様を殺害!?)


 ジゼルは紫色の目を見開く。


(王妃様が? 本当に王妃様がくなられたの!?)


 きょうがくするのも無理はない。ジゼルが昨日、治癒の力を注いだ相手は王妃その人だからだ。

 王妃ディアーヌは近ごろ原因不明の体調不良に悩まされていた。王宮には高名な医師がいくにんもいるが、だれも王妃を治せなかったばかりか、病名さえ判然としなかったらしい。

 そこで王太子ナタンはジゼルを呼びつけ、母を治療しろと頭ごなしに命じた。

 人にものをたのむなら言い方というものがあるのではと思ったが、てきしてもナタンは逆上するだけだ。ジゼルは黙って従い、せる王妃のまくらもとに跪いた。

 ジゼルがあたえられる限りのいのりをささげた時、青白かった王妃の顔には紅の色がさし、れたようにいろせていたにはみずみずしい脈動がもどっていた。

 昨日の王妃は明らかに回復のきざしが見えていた。それなのにたった一日で急変して亡くなるなんて考えられない。


「そんなはずがありません! 私は確かに王妃様を治――」

「魔女め! おまえが注いだのは治癒の力ではなく、人を殺すの力だったのだな!」


 だんがいするナタンの顔は、完全にジゼルが王妃を殺したと信じきっている。

 ナタンはこしいていたけんりかざし、尊大に命じた。


「魔女を連行しろ!」



*****



 コライユ王国は神に守られている。

 神は聖女を地上につかわす。聖女は当代に必ず一人。先代の聖女がてん寿じゅまっとうすれば、その命のともしびがきたせつ、次代の聖女が新たに王国に生まれ落ちる。

 コライユ王国は建国の時から現在に至るまで、神の加護に包まれてりゅうせいし、聖女のおんちょうに支えられて隆盛してきた。

 王家はしん殿でんし、神殿は聖女をようし、聖女はたみくさめぐみを与える。

 それがこの国のことわり。変わることなくがれてきたおきて――のはずだった。

 しかし今。聖女ジゼルは王太子ナタンに断罪され、ろうに入れられていた。


(私が治癒の力を使ったせいで、王妃様が亡くなられた……?)


 けられた罪状を、まだ信じることができない。

 王妃ディアーヌがきゅうせいし、死因はジゼルがりょくを注いだせいと決めつけられている。いったい何が起こっているのか理解できなかった。


(寒い……)


 ろうごくゆかこごえるように冷たくて、昨日から治まらずにいた頭痛がもっとひどくなる。

 ジゼルが目をつぶって、必死に痛みにえていた時だった。


「……ル! ジル!」


 あいしょうで呼ばれて、ジゼルは顔を上げた。

 光の届かない暗い地下牢の中に、冬の日の空のようなんだアイスブルーがかがやく。


「リル!?」


 心配そうにジゼルを見つめるのはリルだった。ジゼルと同じ身寄りのない孤児だ。

 幼いながらも気品のある顔立ちをしたリルは、りょぶかくて物静かな少年だった。神殿に引き取られた当初は誰にもなつかなかったが、ジゼルがまるで弟のようにわいがるうちに、少しずつ心を開いてくれた。


「リル、どうやってここに来たの?」


 牢の外には見張りがいるし、そもそもここは王宮の地下だ。厳重な警備の中をどうもぐり込んだのかとジゼルが不思議に思っていると、リルは必死に呼びかけた。


げよう! ジル!」


 まっすぐな言葉に、ジゼルは目をみはった。


「ジルは何も悪いことなんてしていない! 僕はわかってる!」


 体をむしばむ激痛よりももっと大きくて強いものが、ジゼルの胸にあたたかく満ちていく。


(リルは……私を信じてくれている……)


 ジゼルは捨て子だった。両親のことは何も知らない。生まれてすぐ王国のはずれに建つ孤児院にされ、「ジル」という名を与えられて育った。三歳の時に聖女と認められ、この神殿に連れてこられたのだ。


「ジル」という名は短くて、いかにもしょみんらしい。聖女にはふさわしくないと否定され、新たに「ジゼル」という名を与えられてからずっと、王家と国民のためにほうする日々いられてきた。

 ジゼルがどんなに努力しても、周囲は卑しい孤児だとさげすんだ。

 どんなに人々を癒しても、感謝されるどころか冷たくあしらわれた。

 そして今、王妃を殺害した容疑に問われても、誰も味方になってはくれない。

 王太子も神官も兵士も誰もがジゼルを責め立てる中、幼いリルだけがジゼルを守ろうとしてくれている。


「……ありがとう、リル」


 たった一人でも自分の無実を信じてくれる人がいる。そのことが何よりもうれしかった。

 だが、同時にきあがるのはきょうだった。

 この世で一人だけジゼルを「ジル」と呼んでくれる、やさしくて可愛いリル。

 もしも彼がジゼルの共犯者だと疑われ、罪に連座されてしまったなら――。

 それはジゼルにとって、自分がばっされることよりもずっと恐ろしく思えた。


「リル、お願いだから逃げて! 誰かに見つかる前に、早く!」

「僕はジルといる!」


 リルはてつごうの間から手をばして、ジゼルのホワイトブロンドのかみを大切そうにでた。


「ジルを殺させたりしない……!」

「リル、私はだいじょうだから」


 ジゼルはリルを安心させるように、明るく笑った。

 ジゼルはえんざいだ。ちかって王妃を害したりはしていない。誠心誠意、王妃を救うために治癒の力を使った。そう司法にもうったえるつもりだ。


「これでも私はこの国の聖女なんだもの。しゃくめいの機会はちゃんと与えられるわ」


 リルを巻き込みたくない。ジゼルが無実を証明するまで、リルにはどうか安全な場所にいてほしい。そうせるジゼルの手を、リルはぎゅっと強くにぎった。


「ジル! 必ず、必ず助けるから……!」

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