名前のない場所

海飴なみだ

美術館のチケット

「フッ こんな絵は俺でも書ける」


ちょうど私の横で絵画を見ていた男がそう言った

彼の名は古木名こぎなよもぎといい、私のかつての同級生だった

目線に気が付いたのか彼は私を見て言った


「よぉ、ひさしぶりじゃねぇか。えーと確か名前は――」

「…かおる譜蒼ふそう

「そうそう薫だったな。一年の体育祭振りか?」

「お前それっきり不登校になりやがって、クラスみんなが心配したんだぞ?」


何を言っているんだ此奴は

私の不登校の原因は彼が率いるグループのイジメによるものだというのに

心配しているという嘘すらも反論できない自分がばかばかしい


「どちら様でしょうか?すみませんが人違いだと…」


絵画の色がうるさく見える

私は咄嗟に嘘をついてしまった

彼がこんなにも笑顔で話しているというのに


「あれ、人違いでした?ついうっかり――おい、待て。」

「君、自分の名前。さっき言ったよな?」


息が詰まる。まるで心臓が現在地を知らしめているようだ。


「今の時代に着物なんかきて…」

「そろそろ周りの目を意識してみた方がいいんじゃないか?」


追い詰められた私はその場を逃げ出してしまった。


美術館のチケット、高かったのにな

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