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白猫商工会
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「最近、呼ばれなくなりましてね」
目の前の彼は、静かに言った。
それは一抹の寂しさと諦観。
だが、かつて世界を沸かせた存在としての熱は、彼の瞳の奥でまだ消えていなかった。
「そうなんですか?
お強いのに。今だって、アビスデーモンの群れを一掃したじゃないですか」
ヨイショなどではない。
彼のメガバーストフレイム改・MrkIIの破壊力は、いまだに健在だ。
だが、彼は少しだけ遠い目をした。
「強さ……ですか。
それだけで一線を張れる時代じゃない。
……それで片付けられるものでもありませんが」
そう言って、わずかに自嘲気味に口元を歪める。
――昔は、そんな顔を見せたことなどなかったのに。
いつも雄々しく、獄炎の中からあらわれ、惑星をひとつ破壊してから、大空を滑空する。
その姿に、胸を躍らせたものだ。
なぜか今日は、彼の憂いが気になった。
モンスターを殲滅したあと、僕は納品書を受け取り、日付とサインを淡々と領収書へ記入する。
そして彼は、高次元へと帰還。
本来なら、それで終わる。
そんな淡々としたプロセスのはずだった。
――けれど。
少し、話をしてみたくなった。
転移魔法陣を展開した彼に、僕はそっと声をかける。
「呼ばれなくなった、と言いましたが……。
何か、理由があるんですか?」
魔法陣が、ふっと消えた。
彼は一瞬だけ間を置いてから、
なんとも言えない目つきで、こちらを見つめる。
小さく息を吸い込み、ぽつりとこぼした。
「……長い、らしいのですわ」
「長い?」
「ええ……召喚時の演出です。
あれが長いので、周回には扱いづらいとかで」
――そうかな。
僕は、あの宇宙規模のカタストロフが嫌いではない。
彼から放たれるビームが、ドーム状の輝きとなって地表を覆い尽くす。
破壊であり、儀式であり。
そして一流のエンターテイメントだ。
少なくとも、僕にとっては。
そんなワクワク感とロマンを、かつては同僚の召喚士たちと一晩飲み明かしながら、飽きもせず語り合ったものだ。
その気持ちは、彼に伝えるべきだろう。
「少しくらい長くても、いいじゃないですか」
そう前置いてから、僕は続けた。
「僕は昔から好きですよ。
あのトゥートゥートゥートゥートゥートゥートゥー……って溜めて、口元から光が溢れ出してくるやつ」
彼は、少し嬉しそうに目を細めた。
「そう。分かってますね。
あそこ、トゥーの音程にはかなり試行錯誤したんです。
何度も譜面を直しては、C♭を入れたり」
やはり、と思う。
彼のこだわりと美学は、声高に語られることはない。
けれど、そうした細部にこそ、作り手の情念は静かに染み込んでいく。
だが、彼はすぐに顔を曇らせた。
「しかしですね。今はすぐに結果が欲しいらしいのです」
「“それ、スキップできませんか?”
“即バフ技はないんですか?”
……しまいには、“召喚枠にいるだけで効果だけ付与してくれればいいんで”と」
数秒の沈黙。
「……最後のは、自分がいる意味、ありますかね?」
なるほど。
若い連中に人気の召喚獣は、そういうものだと聞いたことはある。
彼は、さらに言葉を重ねる。
「演出ですけど。こちらとしても、いろいろ投資しているわけですから。
0秒でドン、というご要望にはなかなか……。
やはりフル尺でいかないと、回収が厳しくて」
そして、俯きがちにこぼした。
「イントロだけで五十秒は、いまどき盛り上がれない、と。
……つまり、時代が求めるものが変わった。そういうことなのです」
そうなのかもしれない。
僕は「でも……」と、言葉を探した。
「若い世代にも、じっくり腰を据えて楽しむというニーズは、なくならないと思うんです。
即時で報酬系を刺激するだけが、召喚の妙味じゃない。
そう思いますよ」
彼は、じっと僕の目を見て言った。
「初心者の召喚士さんは、“わぁ、これはこれでエモいー”と喜んでくださるんですけどね。
でも、初回だけで。二回目からは、スキップを要求されます」
少しだけ、間が空いた。
そう言われてしまうと、さすがに返す言葉がなかった。
それも、時代なのだ。
僕が無言になると、彼はこう締めくくった。
「長い序章があるからこそ、破壊のカタルシスがある。
……このスタイルは、時代に迎合できそうにありません。
不器用だと言われてもね」
そう言って、くるりと踵を返し、転移魔法陣を展開する。
「本日はご利用ありがとうございました」
その背中に、僕は声を張った。
同情ではない。
あの時代、同じ熱を共有した戦友として――
どうしても、言わずにはいられなかった。
「また、召喚しますから!!
来週は水の四天王戦!!
お待ちしてます。僕、あの演出……本当に好きなんでっ!!」
背中を向けたまま、彼の肩が小さく震えた。
転移魔法陣が、いっそう強く輝く。
「ありがとう」
小さく、だが確かに、彼はそう呟いた。
――そして。
「さっき……。
あなた、ずっとスマホいじってましたよね」
魔法陣の光とともに、彼は帰還した。
ショートカットはできません 白猫商工会 @omiso8
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