悪役王女は生き延びたい! 虐待、冤罪、処刑のトリプルコンボを全力で回避します!・短編
まほりろ・新刊発売中・コミカライズ企画進
第1話
十二歳の誕生日、私は謁見の間に呼び出された。
玉座には叔父である国王が座り、その横にはブレンナー侯爵家の嫡男ジャマーオが立っていた。
「アナスタシア、お呼びにより参上いたしました」
私が淑女の礼をすると、叔父とジャマーオが「フン」と鼻を鳴らした。
国王である叔父はともかく、侯爵令息にすぎないジャマーオの態度は不敬だ。
彼があんな態度なのは今に始まったことではないが。
「アナスタシア、喜べ。
お前の婚約者を決めてやったぞ」
叔父が目を細め、口角を上げフッと笑った。
叔父が私の婚約者に選んだのはジャマーオだった。
ジャマーオは顔立ちが整っていて、武芸にも学問にも秀でている。
将来を有望視されている男だが、私は彼が嫌いだ。
彼は叔父のお気に入りなのを良いことに、王女である私を常に見下し、「怠け者」だの「役立たず」だのと罵る、ろくでなしだ。
強い者に徹底的な媚を売り、礼儀正しく接するので、悪事がバレにくい厄介なタイプだ。
「ブレンナー侯爵家の嫡男ジャマーオだ。
アナスタシアにはこれ以上ない縁談だろう?
大人しくこの縁談を受けなさい」
「僕は嫌なんだが、国王陛下がどうしてもとおっしゃるから、仕方ないから婚約してやる」
私の父親は先代の国王だった。
私が赤ん坊の時、事故で祖父(先々代の国王)と共に亡くなっている。
あとを継いだのは当時王弟であった叔父だ。
それも私が成人するまでの期間限定での国王としてだ。
ここは前世で読んだ小説の世界。
そして私は前世の記憶を持っている。
そして私は悪役令嬢ならぬ悪役王女だ。
この婚約は私の「破滅フラグ」の一つだ。
小説の中のジャマーオは、アナスタシアを嫌い、嫌味を言い、ぞんざいに扱い続ける。
ストレスが溜まったアナスタシアが使用人にあたり、アナスタシアの評判はガタ落ち。
たちまち「悪女」のレッテルを貼られる。
使用人に八つ当たりするアナスタシアもよくないが、アナスタシアを虐めるジャマーオもそうとうなクズだ。
そしてアナスタシアが一五歳のとき、叔父の実の娘が現れる。
娘の名前はスフィアーヌ。
流れるような金髪に宝石のような青い目の美少女だ。
長らく離れて暮らしていた娘に叔父はデロデロに甘く、ジャマーオもスフィアーヌにメロメロになる。
私に王位を返すのが惜しくなった叔父は、私に冤罪をかけ投獄する。
そして王位継承権はスフィアーヌに移り、ジャマーオはスフィアーヌと結婚し王配となる。
すべてを失ったアナスタシアは失意と絶望の中で処刑される……というのが、小説の中で私が辿る運命。
二年前に前世の記憶を取り戻したので、そんな真っ暗な人生はごめんだと思った。
私が辿る道は三つ。
一つ目は、断罪される前に自殺すること。自分で死に方を選べるという利点がある。
断罪された場合、何日も牢に閉じ込められ、不衛生な環境でろくにご飯も与えられず、民衆の前で晒し者になり殺される。
それなら、痛くない方法を自分で選択し、苦しまずに死ぬというのも悪くない選択だ。
しかし、前世の私は短命だった。なので、今世では長く生きたい。
だから、これはなし。
二つ目は、断罪される前に家から逃げ出すこと。
チート能力を手に入れるか、妖精や精霊などのチートな存在の加護を得て、この国から逃れる。
そんなことができるなら、とっくにやってる。
第一、妖精や精霊なんてどこにいるかもわからない。
そんな不確かなものに頼れない。
だからこれもない。
三つ目は、断罪される前に相手の弱みを握り、味方を見つけ、相手をけちょんけちょんにやっつけること。
やはり「悪役令嬢もの」と言えばこれだろう。
そのためには、仲間が必要だ。
妖精などいるかいないか不確かな存在ではなく、現実に存在し、確実に仲間になってくれる人間を探すことだ。
母はすでに亡くなっているが、幸い母方の祖父や叔父は生きている。
母方の祖父は公爵。
小説では叔父(国王)に薬と偽られ長年毒薬を飲まされ、アナスタシアが十四才のときに殺される。
だが、逆に言えばアナスタシアが十四になるまで公爵は死なないと言うことだ。
そんなわけで記憶を取り戻した私は、祖父(公爵)に接触し、毒殺を防ぎ、仲間に引き込んだ。
叔父(国王)が祖父(公爵)を毒殺しようとした証拠も掴んでいる。
「申し訳ございませんが、叔父様。
そのお申し付けは受け入れることができません」
「なぜだ!
国王である余の命令を断るというのか!」
「あら、お忘れですか叔父様?
あなたは私が王位につくまでの繋ぎの国王に過ぎません」
「無礼だぞ、アナスタシア!」
「そうだ、アナスタシア!
陛下に向かって言葉が過ぎるぞ!」
叔父とジャマーオが鋭い目つきで私を睨む。
そんな顔されても全然怖くない。
「それからブレンナー侯爵令息、あなたはまだ私の婚約者ではありません。
たかが侯爵家の息子に過ぎないあなたが、王女でありこの国の正当な後継者である私の名前を呼び捨てにしないでください。
不快です」
「くっ、偉そうに……!」
ジャマーオは、悔しそうに唇を噛んだ。
「だがアナスタシア。
現在の国王は余だ。
お前の将来のことを案じて、婚約者を決める権限くらいはある」
「残念ですが、叔父様。
私の結婚について、決定する権利はあなたにはありません」
「なんだと、余はそなたを心配してやっているのというのに……!」
小説のアナスタシアは叔父に愛されようとしていた。
両親を早くに亡くしたアナスタシアにとっては、一番近くにいる身内だし、関心を引きたかったのだろう。
だから小説のアナスタシアは、叔父の命令に従い、大嫌いなジャマーオと婚約していた。
私はこれから起こることを知っているし、叔父の本性を知っているので、こんな男に愛されたいとは思わない。
ジャマーオと婚約するなんて死んでもごめんだ。
「ご心配には及びません。
自分の結婚相手は自分で選びます。
私を見下し暴言を吐くブレンナー侯爵令息のような方は、決して選びません」
「アナスタシア! 貴様……!」
ジャマーオがこちらを睨み、ぎりっと奥歯を噛んだ。
「それから、叔父様。
私の心配より、ご自分の心配をしてはいかがですか?」
「どういう意味だ?」
「あなたには退位してもらいます。
そして私は今日から女王になります」
「な、なんだと……!」
寝耳に水だったのか、叔父は口をポカンと開けて、目をパチパチさせながらいる。
「お前はまだ十二歳だ。
王位をつぐのは二十歳になってからだ。
それまでは余が国王だ!」
「確かに私は十二歳です。
一人では王位を継ぐことはできません。
しかし
叔父様もご存知ですよね?
十二歳になった王族は、公爵位以上の身内を
「それは……!」
叔父は、私のことをそんなことも知らないバカ娘だと思っていたのだろう。
実際、叔父は私に帝王学などを学ばせず、ファッションや恋愛にばかり興味を持つように仕向けていた。
だが万が一の可能性があるので、
「私は祖父であるハイネマン公爵を
「残念だが、アナスタシア。
ハイネマン公爵は今、病床にある。
叔父が黒い笑みを浮かべる。
叔父の中ではもう祖父は死んだも同然なのだろう。
「陛下、わしの心配をしてくださりありがとうございます。
ですが、その心配は無用です。
すっかり回復して、今はこの通り元気ですから」
その時、謁見の間の扉が開き祖父が入ってきた。
突如現れた祖父の姿に、叔父は仰天しているようだった。
「な、ハイネマン公爵……生きていたのか……!」
「私はこの通り健在です。何か問題でも?」
「いや、健勝で何より……」
毒を盛っていたことに後ろめたさがあるのか、叔父は祖父から目をそらした。
「しかしハイネマン公爵は歳だ。
そのようなものが
「その心配は要りませんわ、叔父様。
すでに貴族院の承認は得ていますので」
貴族院まで押さえられているとは思っていなかったのだろう。
叔父は目を見開き、凍りついたように固まっている。
「ですので、叔父様。
今すぐ退位してください。
それとも逆賊の汚名を着せられ、廃王になりたいですか?」
自ら王位を退くのと、逆賊として王位を剥奪されるのでは、後世に残るイメージはまったく違う。
「叔父様、大人しく王位を退くのはご自分のためですよ。
逆賊になれば、あなたがお探しの娘さんが見つかった時、その方も無傷ではいられませんから」
「なっ……スフィアーヌを探していることを、そなたはなぜ知っている!」
国の予算を使って、大々的に娘を探している。
それで気づかれないと思っている方が、どうかしている。
「スフィアーヌは、学生時代真実の愛に目覚めた叔父様と、運命の相手である男爵令嬢との間に生まれた子供でしたね?
叔父様は周囲の反対を押し切って、男爵令嬢と駆け落ちしようとなされたとか」
「そうだ!
私はミアを愛していた!
彼女は清楚で可憐で聡明な女性だった!
彼女は王子妃になるために努力をしていた!
それなのに……!
兄上が邪魔をして……!
彼女を国外追放にしたんだ……!」
叔父は眉間にしわを寄せ、拳を握りしめ、そう叫んだ。
「そもそもその認識は間違ってるんです。
叔父様とミア様の結婚に反対したのは、先代の国王である父ではなく、先々代の国王である祖父です」
「は? 父上が……?
そ、そんなはずは……!」
「それから、ミア様は叔父様が思われているような清楚で可憐な女性ではありませんよ」
「何だと! お前までミアを愚弄するのか!」
怒りからか叔父は玉座から立ち上がり、恐ろしい形相で私を睨みつけた。
「ミア様は高位貴族の方々に色目を使い取り入ろうとされていたそうです 。
彼女がとりわけ力を入れていたのは、当時王太子だった父上と、王子だった叔父様のお二人です」
もっとも父は彼女の本性を見抜き、相手にしていなかった。
「先々代の国王は、ミア様が二人の王子を手玉に取ろうとする悪女だと見抜き、彼女の身分を剥奪し、国外追放にしたのです」
「嘘だ! そんなはずはない!!」
「本当のことです。ねぇ、お祖父様」
私はハイネマン公爵に尋ねた。
「ええ、そのとおりです、アナスタシア王女。
私は先々代の国王からミアという女性について相談を受けていました」
祖父の証言に、叔父は信じられないという顔をしていた。
「ミアは叩けば叩くほど埃の出てくる女でしたよ。
あのような悪女をなぜ息子は側に置くのかと……先々代の国王は嘆いておられましたよ」
「…………」
叔父はうつむいたまま何も話さない。
「先々代の国王は、ミアを国外追放したあと、彼女を絶対に国に入れてはならんという
祖父が懐から漆塗りの箱を取り出した。
祖父は箱から巻物を取り出し、叔父の前で広げた。
叔父は、祖父から
叔父は当初真っ赤な顔をしていたが、文章を読むうちにみるみる青ざめてきた。
「嘘だ! そんなものは偽物だ!」
叔父が
先々代の国王の
「偽物ではございません」
祖父が
「ちゃんとここに王印がございます。
この
祖父が毒殺されていれば、これが世に出ることもなく、スフィアーヌが次の女王になっていたのね。
そう考えるとゾッとするわ。
小説の世界だからそこまで考えられていなかったのかしら?
それとも小説の裏側はこんな風にドロドロしているものなのかしら……?
「そんな……! ミアとの関係に反対していたのが父上だったなんて……!」
よほどショックだったのか、叔父はその場に膝をついた。
叔父は子供の頃から美形で文武両道、神童と呼ばれていたらしい。
そんな叔父を一部の者が「世継ぎには兄殿下ではなく、あなたこそが相応しい!」と言っておだてた。
そのせいで叔父は、いろいろと勘違いしたまま成長してしまったらしい。
叔父は上に立つものに一番必要なものが致命的にかけている。
それは人を見る目だ。
だからミアのようなアバズレに引っかかったのだろう。
そしてこのままいけば、ジャマーオのような強いものに媚を売り、弱いものを虐げるゲスを、スフィアーヌの婿に据えたことだろう。
私は叔父の頭から王冠を取り上げた。
そうなったら政が乱れる。
ここは恋愛脳の二人が、結婚してめでたしめでたしで終わる小説の世界ではない。
厳しい問題が山積みの現実の世界なのだから。
「本日付けで叔父様は退位されました。これからは私が女王です」
私はちょっとぶかぶかな王冠を被り、玉座に座る。
「アナスタシア女王陛下、千歳、千歳、千千歳!!」
公爵が膝をつき、口上を述べると、その場にいたものがそれに続いた。
「アナスタシア女王陛下、千歳、千歳、千千歳!!」
ただ一人、ジャマーオだけが蒼い顔で呆然と立ち尽くしていた。
「叔父様には、公爵の毒殺未遂の容疑もかけられています。
取り調べが始まるまで貴族牢で謹慎を申し付けます」
すっかり生気を失った叔父が、衛兵に両脇を抱えられ連行されていく。
「さて、ブレンナー侯爵令息、次はあなたです」
私が声をかけるとジャマーオはビクリと肩を震わせた。
「王女であった頃の私への暴言の数々、忘れたとは言わせませんよ」
私は雪のように冷たい目でジャマーオを睨みつけた。
「アナスタシア!
僕は陛下に……先代の国王に命じられていただけなんだ!」
ジャマーオは膝をつき、スカート越しに私の足に縋り付いてきた。
「ブレンナー侯爵令息、不敬ですよ。
私は名前を呼ぶことも、身体に触れることも許可しておりません」
彼を睨みつけ、ピシャリと言い放つと、ジャマーオは私のスカートから手を離した。
「そ、そんな……俺たちは婚約者じゃないか……」
ジャマーオは額に汗を浮かべ、言い訳する。
「それは叔父様が勝手に言い出したこと。
だいたい、私はあなたと婚約する書類にサインしておりません。
よってあなたと私は他人。
衛兵、ブレンナー侯爵令息は女王である私に無礼を働きました!
彼を捕らえなさい!」
私の命を受けた衛兵がジャマーオを拘束する。
「アナスタシア……いいえ、陛下! 今までの非礼をお詫びします!
どうか、どうか、御慈悲を……!」
やっと自分の過ちを理解したのか、ジャマーオが必死な形相で叫んでいる。
衛兵がジャマーオを連れ出すまで、彼の声が謁見の間に響いていた。
彼が退室すると、ようやく静かになった。
こうして、私は多少強引だが破滅フラグをへし折った。
◇◇◇◇◇
叔父は今までの悪事がバレ、王位継承権と王族の身分を剥奪され、生涯幽閉されることになった。
叔父の片棒をかついでいたジャマーオは、ブレンナー侯爵家から勘当され、北の地にある牢獄に送られた。
そうそう、一年後にスフィアーヌが城を訪ねてきた。
スフィアーヌが発見されたのは十五歳なので、城に来るのが二年早い。
恐らく彼女も転生者で、捜索隊に発見されるまでじっとしていられず、自ら城にやってきたのだろう。
市井暮らしの彼女は王が代わり、叔父が幽閉されたことも知らなかったようだ。
スフィアーヌは「私はエドワーズ国王の娘よ! さっさとここを通しなさい!!」と門前で騒いでいたらしい。
魔力鑑定が行われスフィアーヌは叔父の子ではないことが判明した。
彼女は「そんなはずないわ! もう一度調べ直して!」と試験官にしつこく食い下がっていたらしい。
小説の世界では王族の血を引かない彼女が女王になって、ラング王家の血は途絶えたのね。
それとも、小説と今いる世界とは少し違うのかしら?
そんなことを考えても仕方ない。
スフィアーヌを野に放って問題を起こされても面倒なので、厳しいと評判の修道院に送っておいた。
これで、災の種は去った。
悪役王女としてではなく、女王として平和に暮らせる……。
◇◇◇◇◇
……そう思っていたことが私にもありました。
即位から二年が経過し、私は十四才になった。
祖父が書類を抱えて執務室に入ってきた。
祖父が机に置いた書類の山は、全部釣り書きだ。
祖父が「優秀な若者で将来も有望ですぞ」と勧めてくるのは、小説でヒロインの取り巻きだった奴らばかり……。
ここが小説の世界だと祖父は知らないので、彼に悪気はない。
同年代の令息は、誰も彼もがヒロインの取り巻きに思えて仕方ない。
もういっそ、思いっきり年の離れた相手(十個上とか十個下とか)を王配に選ぼうかしら?
いや、イケおじ枠とかショタ枠とかもあるのでそれも危ない。
国外の相手を選んだら、続編での隠しキャラだったりするかも……。
「はぁ…………王配選びは破滅フラグを折るより骨が折れそうだわ……」
私は読んでいた釣り書きを机の上に置き、空を仰いだ。
――終わり――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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