電脳租界にゃんライフ・りぱぶりっく〜魔法世界で不要と言われた盗賊少女、電脳異世界転移で《鍵開け》スキル無双したい〜
山賊可楽
第1話 七竜王国の盗賊少女
第1話
――光の檻が、ノノの体を締めつけた。
六角形のパネルが幾何学的に連なり、電流のような光が走る。
逃げ道はどこにもない。
「ひぇ……っ!? な、なにこれ!!
絶対卑劣な罠!!鬼!悪魔!ひとでなし~~!!」
目の前の少女は、ノノの叫びにも眉ひとつ動かさない。
揺れる緑髪。
半分の顔を覆うゴツいゴーグルには、光の線と符号めいた文字列が高速で点滅していた。
(なにこの魔道具……光魔法? 古代術式?)
少女は胸元の端末に指を滑らせ、無感情に告げる。
「あなたに選択肢なんてないのよ。
さっさと私の《
「だっ、誰が!?
絶対ろくなことする気ないでしょ!!
人体実験とか! 売り飛ばす気だ~~!!」
「人聞きが悪いわね。そんな暇、どこにもないわよ」
少女――
「……強制捕獲シークエンス、起動」
檻が軋むように光を強める。
(これ……罠? いや、魔法鍵!!
複雑だけど……いける!)
「ええい、ままよっ!」
ノノは指先にマナを集中させ、檻の構造を読み取り――
一気に《鍵開け》の要領で弾いた。
光の檻が、爆ぜるように霧散した。
「……馬鹿な。補助デバイスなしで解除した……?」
「捕まってられるか~~っ!!」
今だとばかりに、ノノはすたこら逃げ去った。
QIQIは無表情のまま端末を操作した。
「——拘束フィールド、展開」
六角形の光壁が連鎖し、逃げ道を次々と塞いでゆく。
「ひ、ひとでなし~~!!」
追い詰められ、ノノが振り返ったその瞬間。
QIQIは静かに告げる。
「時間切れになる前に決めなさい。
ここで消えるか、私の手駒になるか。
二択よ」
ゴーグルの奥の淡い金色の瞳が、ノノを射抜いた。
一瞬だけ、世界が止まる。
ノノは息をのみ――
そして——
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時は少しだけ遡る。
七竜王国——
火・水・風・土、そして光と闇。
六つの竜と『人の竜』である王家が結んだ契約によって守られる秩序の国。
人々は竜との契約により、大気中のマナから祝福を引き出し、それを魔法として行使してきた。
そんな加護あふれる王国にあって、ノノこと、ノノリシア・リンドブルムは——不遇だった。
――というのも、竜の民には、それぞれ生まれつき《
攻撃魔法、回復魔法、剣技、弓術――
だいたいの子は、何かしら戦いや生活に役立つスキルを持って生まれてくる。
だが、ノノに与えられたのは 《鍵開け》。
つまりノノは、生まれた瞬間から盗賊職を割り当てられた、筋金入りの『盗賊少女』だったわけだ。
ここまではよい。
問題は――
現代の七竜王国では、この《鍵開け》スキルを活かせる場面がほとんど、いや、全く存在しないという事実である。
今では冒険者ギルドでランクに応じた 銅・銀・金の鍵 が配布され、重要な扉はすべてこの公認鍵で開けられるようになった。
誰でも鍵を開けられるようになった結果、本職の盗賊はすっかり「いらない子」になった。
――ガラッ!
夕方の酒場兼ギルドに、ノノは勢いよく飛び込んだ。
無造作に切り揃えられたダークブラウンの短い髪。
飾り気のない、動きやすさ優先の服装。腰には一本の短剣。
ぱっと見は小柄な少年だが、その声と無駄に元気な振る舞いだけが、
彼女が少女であることを主張していた。
「ただいま! 生きてるよー!」
カウンターでマグを拭いていたバル爺が、ぶ厚い眉をぴくりと動かしてノノを見た。
「おー、ノノ。相変わらず――
ちっこいのに騒々しいな。」
「ちっこいは余計じゃい!
はいバル爺、今日の魔法石!」
ノノは肩掛け袋をごそごそやって、光る石をいくつかカウンターに並べた。
ころんころん、と転がる小粒の魔法石。
そしてその中に、ほんの少し大きめの青白い結晶が混ざっていた。
「あいよ……って、お? 今日は
「うん、今日はやたらスライムに遭遇してね。一個だけ落ちたから拾っといたの」
バル爺は結晶核を指先でつまんで光に透かし、
「へぇ、これはちょい値が張るぞ。やるじゃねぇか、ちっこいの」
と、無骨な顔にほんの少し笑みを乗せた。
「へへーん、でしょ! ……って、ちっこいは余計だっつの!」
チャリン、と銭袋に硬貨が落ちる。
「へいへい。今日もせっせと稼いで偉いこった」
「冒険者は稼がないと生活できないからね〜」
「まあ、ちょっと食ってけよ。
お前んとこのボンクラ師匠は今日は来てねぇがな」
「師匠、最近ほんと見ないんだよね〜。
まあ、生きてりゃいいけど」
ノノは席にちょこんと座ると、
「ジンジャーエール! あとパンとスープ!」
と、いつものオーダー。完全に常連ムーブである。
ノノはテーブルに肘をつき、ふと考えた。
(……師匠、最近ほんと見ないな)
まあ、行き先はたぶん――ギャンブルだ。
七竜王国では賭博は御禁制。
建前上は、というやつだ。
師匠――ジェイドの持論では、
「大の大人が三人集まれば、賭場は立つ」
……らしい。
実際、人の集まる場所にはだいたい非合法の賭け事が転がっている。
噂を聞きつけて、ふらっと消えるのも『ボンクラ師匠』あるあるだった。
(……まあ、生きてりゃいいか)
とはいえ、それを正直に口に出して、「お固い」人たちに聞かれても面倒だ。
それで、外向きには、「さぁ、どこ行ったんだろうね〜」で済ませておくことにしていた。
ノノはオーダーを待つあいだ、壁際の冒険者掲示板へ目をやった。
依頼書や注意事項にまぎれて、宝の再出現情報も何枚か貼り出されている。
早い者勝ちの情報には、すでに先取りした冒険者の名前が朱書きされていた。
ノノは一枚の紙を見つけて、ぱっと顔を明るくした。
《本日の宝の位置:第一層・西の小部屋》
「おっ、第一層! ラッキー!」
その瞬間だった。
「悪いなノノ。それ、先客だ」
振り返ると、中堅冒険者の兄ちゃんが、その紙をひらひらと掲げていた。
ノノも顔なじみで、よく軽口を叩き合う相手だ。
「バル爺、これ取るわ。朱書き頼む」
バル爺は無言でうなずき、羽根ペンと赤インクを取って兄ちゃんの名前を書き入れた。
そのタイミングで、兄ちゃんはカウンターに チャリン、と小袋を置く。
「ええ〜〜〜! がっかり……!」
ノノはしゅんと肩を落とし、掲示板上のすでに朱書きされた「第一層案件」を物欲しげに見つめた。
カウンター奥のバル爺も、
「そういうこった。一足遅かったな」
と苦い顔をする。
兄ちゃん冒険者は、ノノの頭にぽんと手を置いた。
「まあ落ち込むなって。
また新しい宝箱の情報も出てくるだろうしな。
汝に竜の祝福があらんことを」
「はいは〜い。汝に竜の祝福があらんことを。
がんばってね〜」
兄ちゃんは後ろ手に手を振りながら店を出ていった。
ノノはむーっとほっぺを膨らませつつ、別の紙に目を移す。
その中の一枚が、ひっそりとノノの視線を捉えた。
《遺跡系ダンジョン・中層》
朱書きはない。
「……ん? 遺跡系? 中層……?
うーん、ちょっと厄介そうだけど……」
バル爺がパンとスープをノノの席に置きながら言った。
「遺跡系は古代の特殊トラップが残ってることがある。
王国でも全部は把握できてねぇタイプだ」
「う〜ん……でも空いてるなら……、明日はこのダンジョンにするか……!
よーし、そうと決まれば……、バル爺〜!私これね!」
手に取った紙をひらひらさせながらバル爺を呼び、用意していた銭袋を差し出す。
「はいはい、まいどあり」
バル爺はカウンターに戻り、慣れた手つきで手渡された銭袋の重さを測って、宝箱情報の紙にノノの名前を朱書きして掲示板に戻した。
これでノノの明日のダンジョンは決まった。
ノノはパンをかじりながら、スープをふーふー冷ました。
昨日の光景がふと脳裏に浮かんだ。
◆
大通りにそびえる
「盗賊職です!鍵開けできます! どうですか?パーティー――」
しかし返事は淡々としていた。
「ごめんね、今は魔術師を探してて」
「火力役がほしいんだ」
「うちは弓を扱える子を優先してるんだよ」
ノノは落胆した。
「……ゆ、弓……」
冒険者たちは申し訳なさそうに笑って去っていった。
残されたノノは、ぐぬぬ、と悔しげにうめいた。
「……ま、また……お断りされた……!」
声に出すと、ほんの少しだけ現実が身に沁みた。
◆
ノノはスープをひと口すすり、表情だけはいつもの調子を装った。
「……ねぇ、バル爺。
もしさ、あたしがどっかのパーティーに入れたら、
もうちょっと効率よく稼げると思わない?」
バル爺は豪快に笑った。
「ガハハ! お前さん、盗賊職だろうが。
いまの時代、盗賊の出番なんざほとんどねぇよ」
「わかってるよ〜。
だからこうやってせっせとソロプレイしてるんじゃん。
鍵開けなんて趣味の世界になっちゃってるし」
「現実を嘆いても始まらんってことよ。
今のご時世、稼げる奴が正義だ」
「はいはい。そういうこと〜」
ノノは皿を空にすると、腰の小袋から硬貨を取り出してテーブルに置いた。
「じゃあ、バル爺。これ今日のお会計ね」
「なんだ、もう行くのか。
もう少し呑んでいけばどうだ?」
「だから私は子供だから呑めないってば!
明日のダンジョンも決まったし、早く帰るよ。
盗賊職はコツコツ働かなきゃね〜」
バル爺は肩をすくめた。
「はは、まあ頑張れや」
ノノは手を振りながら席を立った。
*
次の日、ノノは朝から七竜王国内の小規模ダンジョンに向かった。
ノノがダンジョンの入り口に差し掛かった時、一匹の黒猫がノノの眼前を横切った。
黒猫の右耳には切れ込みが入っていた。
「あ、魔法猫!」
七竜王国では、黒猫が道を塞ぐのは『道筋が変わる前触れ』とされていた。
普通の冒険者なら立ち止まるところだが、ノノは無感動に歩き出した。
「まあいいか。不運補正はいつものことだし」
ノノは扉の前で足を止めた。
七竜王国のダンジョンは、昔は『生きている』とも噂された。
入るたびに道が変わり、昨日あったはずの部屋が消えていたり、迷った冒険者をそっと奥へ誘い込むような構造に変わることすらあった。
宝箱も時間が経つと、まるでダンジョン自身が補充するかのように再び現れる。
「冒険者を食べるつもりなんじゃないか」
なんて本気で言う人も結構いた。
「いまは管理されて安全になったけどね。……たぶん」
扉には、銅色の竜の紋章が刻まれている。
つまりここは、銅クラス冒険者向けに指定された比較的安全なダンジョンということだ。
扉ごとに難易度が区分され、王国とギルドによって出入りと宝箱の情報がまとめて管理されている。
おかげで冒険者は、昔みたいに命知らずの探検をしなくて済む。
ノノもギルド支給の銅の鍵を持っていた。これがノノの冒険者ライセンスであり、ダンジョン入場資格というわけだ。
でもノノは鍵を使わない。
腰のポーチから、小さな革袋――ピックセットを取り出した。
「自分のスキルで開けるのが、竜の民の矜持ってやつでしょ。……まあ、ただの趣味だけどね」
公認鍵を使えば、ひねるだけで鍵は開く。
わざわざピックを差し込んで、ひとヤマごとに感触を確かめる必要なんて、本当はどこにもない。
それでもノノは毎回こうしてきた。
師匠の口癖が、耳にこびりついている。
『竜からもらったギフトも、磨かなきゃ光らんぞ』
「……はいはい。だから今日もコツコツってわけ」
ノノは何の気負いもなく、呼吸を整えるみたいにピックを構える。
指先から、ほんの少しだけマナを流し込んだ。
ピックに走った微光が内部の魔術式に触れ、鍵穴の奥がわずかに明滅する。
カチリ、と軽い音が鳴った。
ノノは小さく笑って言う。
「よし、じゃあ行きますか!」
この時、ノノは知らなかった。
この扉の先に、自分の世界を根本から変えてしまう事件が待ち受けていることを――
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