転生したらモブ令嬢。いいえバグ令嬢でした。
のりのりの
第1話 キミのお名前を教えて欲しいにゃ
みやぁ。みゃぁ。みゃぁ……。
怯えたような子猫の鳴き声が、夏もそろそろ終わろうという空の中に吸い込まれていく。
「大丈夫。大丈夫、だから……じっと、じいっと……してるのよ……」
あたしは幹に捕まりながら、そろそろと、枝の先端へと手を伸ばしていく。
「き、木登り……って、こんなに疲れるんだ」
子猫が登れているんだから、自分も簡単に登れるものだと思ったのが間違い……。
茶トラの子猫が怯えたように、あたしの手から逃げるように、さらに、枝の先へと移動していく。
「お、お嬢様……危険すぎます! 降りてください」
「静かに! あんたさっきからウルサイわよ! 助ける気がないのなら、黙ってなさい! 気が散る!」
木の根元でオロオロしているお祖母様の従者……今は、あたしの世話係兼監視役の少年を一喝する。
従者のくせに、主人に命令するなんて、生意気なやつだ。
口うるさい従者は、子猫を助けようともせずに、「危険だ、危険だ」と言うだけでなにもしない。
ただ、木の根元でオロオロ、ウロウロするだけである。
木の下にいる役立たずは放置。
まずは、目の前の子猫に集中だ。
みゃぉぅ……。
可哀想に、茶トラの子猫は怯えて、鳴きすぎて、衰弱している。
(このままじゃダメだ!)
あたしは意を決すると、幹からそっと手を離した。
「お嬢様! 手を離してはなりません! 木に……木の幹に捕まっていてくださいっ!」
従者の甲高い悲鳴が聞こえる。
あたしは、ゆっくりと、慎重に幹から枝へと重心を移動させていく。
あたしは両手を伸ばし、子猫を素早く抱き上げた。
抱かれることになれていない子猫は、少しだけ抵抗したが、疲れていたのか、あたしの胸の中におさまると、静かになった。
「やったぁっ!」
「おっ、お嬢様――っ!」
あたしの叫び声と、従者の悲鳴が重なる。
メリメリと音がして、視界がゆっくりと下がっていく。
そして、いきなりの落下開始。
(ああ……やばい!)
やばいけど、子どものあたしにはどうすることもできない。
――そう、今のあたしは六歳児。
そのまま景色がくるりと反転し、青い空が見えた。
「あ……これから、あたし、木から落ちちゃうんだ……」
いや、すでに木から落ちているのだが、そんなこと、六歳の子どもにはわかるわけない。
――自分のことのはずなのに、自分のことではないような違和感。
――少し離れた場所から自分を観ているという違和感。
――思ったように身体が動かない違和感。
あたしは反射的に目を閉じ、子猫をギュッと抱きしめる。
時間がゆっくりと動いているような錯覚にとらわれる。
「おじょうさま――っ!」
ここ最近、ずっと聞いている従者の声。
「■■■■!」
別の声が聞こえた。
(めっちゃいい声!)
落下中というのに、あたしのテンションが爆上がりする。
(■■■■じゃなくて、あたしの名前も呼んでほしい)
腰のあたりから背中にじんと響く……甘くて「きゅん」とくる……腐女子の魂に刺さる系のイケボだ。
あと、十年くらいすれば、さらに重みと落ち着きもでてきて、ものすごくエロい声になりそうだ。
耳元で囁かれたら、腐女子は確実に、間違いなく秒で昇天する声だ。
あたしは閉じていた目を開く。
…………。
…………。
世界が止まって見えた。
いや、世界はちゃんと動いている。
だけど……。
まるで、あたしをとりまく周囲の時間だけが切り離され、ゆっくりと、緩慢に流れているような錯覚に陥る。
猫を抱いたあたしが池に向って落下していくなか……全速力でこちらに駆け寄ってくる黒髪の青年の姿が見えた。
黒髪の青年は、邪魔な低木を軽々と飛び越え、ものすごいスピードで走りながら、池の方へと一直線に向かってくる。
夜の闇のような艷やかな黒髪に、深く吸い込まれそうな黒い瞳の青年。
(あれは!)
(彼は!)
(もしかして……)
バシャン。
ドボン。
ゴボゴボゴボ……。
……あたしは、折れた枝と一緒に、子猫もろとも水中に落ちていた……。
……………………。
……………………。
▼
〖???〗
……………………。
……………………。
▼
〖???〗
……………にーゃ。
………のだにーゃ。
おきるのだにーゃ。
やっとおきたかにゃ!
▼
〖???〗
このまま目覚めないかと思ったにゃ!
▼
――黒い画面から文字が流れてくる――
▼
〖???〗
待ちくたびれたにゃ。
ようこそ……
………………
………………。
……まずは、キミのお名前を教えて欲しいにゃ。
▼
〖???〗
くりいむピョン か。
素敵なお名前なのだにゃ!
▼
〖???〗
ようこそ! くりいむピョン
ぼくはね……
『君に翼があるならば、この愛を捧げよう』のナビゲーターだにゃ!
▼
〖???〗
ん?
ぼくの名前かにゃ?
くりいむピョン がつけて欲しいにゃー!
▼
名前つけてにゃー!
……つけてにゃー!
……てにゃー!
……にゃー!
……………!
転生したらモブ令嬢。いいえバグ令嬢でした。 のりのりの @morikurenorikure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生したらモブ令嬢。いいえバグ令嬢でした。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます