第32話:反撃の狼煙



 演習場を追い出された俺たちは、学園にある並木道を歩いていた。  

 日はすでに沈みかけている。  

 工房へと続くこの道は人通りが少なく、俺たちの他には誰もいない。

 ただ、重苦しい沈黙だけが、俺たちを包み込んでいた。


 コツ、コツ、と俺の足音が虚しく響く。  

 後ろを歩く三人の気配は暗い。  

 無理もない。  

 ついさっき、俺たちは学園の生徒会長、ランス・フォン・グランソルに、訓練場所を明け渡して逃げてきたのだから。

 それも、俺はヘラヘラと笑って、媚びへつらうような態度で。


「…………」


 背中から突き刺さる視線が痛い。  

 特にミナの視線は、熱を帯びているのが分かる。  

 自分の技術(魔導工学)を「逃げ道」と愚弄され、それでも言い返さずに引き下がった俺の態度に、腹を据えかねているのだろう。

 そして、そのミナの隣からは、時折「ぐすっ……」という、鼻をすする音が聞こえてくる。


「……なによ」


 耐えきれなくなったように、ミナが口火を切った。  

 彼女はドカドカと足音を荒らげて、俺の背中に詰め寄ってきた。


「なによ、あの態度は! ヘラヘラ笑って場所譲って……『天下の生徒会様には逆らえません』ですって? 聞いてるこっちが情けなくなったわ!」


 ミナが俺の肩を掴んで、強引に振り返らせた。  

 夕闇の中で光る彼女の瞳は、悔し涙で潤んでいる。


「カイル、あんた悔しくないの!? あんただけじゃない、私の技術も、リーゼちゃんのことも、あんなに言われたのよ!? 『オモチャ』だの『無能』だの……っ!」


 彼女の声が震える。  

 技術者としての誇りを踏みにじられた怒りと、それを守ろうとしなかったリーダーへの失望。


「ご、ごめんなさい……っ」


 その背後で、リーゼが泣き崩れるように声を上げた。  

 彼女は両手で顔を覆い、小さな体を震わせている。


「私が……私がFランクだから……。私のせいで、皆さんまで馬鹿にされて……」


 ランスの言葉が、彼女の心に深く突き刺さっていた。  

『無能な者を戦場に立たせるのは、残酷なことだ』。  

 その言葉は、彼女がずっと抱えてきた劣等感そのものだ。


「私がチームにいるから……カイルさんも、ミナさんも……。やっぱり、私なんて……」


 自己嫌悪と申し訳無さで、リーゼの言葉は嗚咽に変わる。  

 エレオノーラは何も言わない。

 ただ、沈痛な面持ちで俯き、手を強く握りしめている。彼女もまた、旧知の仲であるランスに完全に見下されたことがショックだったのだろう。


 最悪の雰囲気だ。  

 チームの士気は地に落ち、バラバラになる寸前。


 ――ああ、そうだよな。  

 普通なら、そう思う。  

 あそこで怒鳴り返して、喧嘩を買うのが「男らしい」のかもしれない。


 だが。


「…………」


 俺は足を止め、深く息を吐き出した。  

 そして、ゆっくりと顔を上げた。

 もはや、道化の仮面は必要ない。  

 俺の顔に貼り付けていた、媚びへつらうような薄ら笑いは消え失せていた。


「……悔しくないわけ、ないだろ」


 俺の口から漏れたのは、自分でも驚くほど低く、地を這うような声だった。  

 ミナが、ビクリと肩を揺らす。  

 彼女が掴んでいた俺の肩から、力が抜けて手が離れる。


「あいつの言葉を聞いて、腹が煮えくり返らないとでも思ってるのか?」


 俺は吐き捨てるように言った。  

 胸の奥で渦巻いていたどす黒い感情が、言葉と共に溢れ出す。


「だがな、あそこで逆らって何になる? 生徒会相手に私闘を演じて、出場停止処分を食らったら終わりだ。賞金も、公爵からの任務も、全部パーになる」


 俺はミナの目を真っ直ぐに見据えた。


「何より……試合に出られなくなったら、あいつに復讐することすらできなくなるんだぞ」


「ふく、しゅう……?」


 ミナが呆気にとられたように呟く。


「そうだ。俺は逃げたんじゃない。……勝つために、泥を啜ったんだ」


 俺の瞳に宿っているのは、諦めでも恐怖でもない。

 燃え上がるような、激しい怒りだ。


「カイル……」


 エレオノーラが息を飲む気配がした。  

 普段の俺とは全く違う一面に、彼女たちは圧倒されていた。


 俺は歩み寄り、泣きじゃくるリーゼの前に膝をついた。  

 そして、彼女の震える肩に手を置いた。


「リーゼ。顔を上げろ」


「う、うぅ……でも、私……」


「ランスの野郎は言ったな。お前は無能だと。俺たちが優しさでお前を戦場に立たせていると」


 俺は彼女の涙に濡れた瞳を覗き込む。


「ふざけるな。……俺は勝つために一番効率的なパーティーを組んだ。優しさなんかじゃない、計算だ。お前の治癒魔法は、俺たちの命綱なんだよ」


 俺の戦術は、防御を捨てた特攻に近い。  

 それが成立するのは、後ろに「最強のヒーラー」がいるという絶対的な安心感があるからだ。


「お前がいなきゃ、俺は安心して引き金も引けない。……お前は無能なんかじゃない。このチームの核だ」


「カイル、さん……」


 リーゼの瞳から、今度は別の種類の涙が溢れた。

 俺は立ち上がり、次はミナに向き直った。


「ミナ。お前の技術が逃げ道だって?」


「……だって、あいつが」


「笑わせるな。魔法しか知らない石頭には、理解できないだけだ。お前の魔導工学は、魔法使いが何百年かけても到達できない領域に、たった数秒で手を届かせる力だ」


 俺は腰の『ピースメーカー』を叩いた。  

 この銃も、ゴム弾も、閃光音響弾も。  

 彼女がいなければただの妄想で終わっていた。


「お前の技術は、世界を変える力だ。……それを証明するぞ」


 ミナが唇を噛み締め、そして力強く頷いた。

 その瞳に、負けん気の強い光が戻る。


 最後に、俺はエレオノーラを見た。  

 彼女もまた、俺の覚悟を受け止め、静かに微笑んだ。

 俺は全員の顔を見回し、宣言した。


「絶対に勝つぞ。優勝して、あいつが高い所から見下ろしているその自信を、粉々に砕いてやる」


 俺の脳裏に、あの演習場でのランスの澄ました顔が浮かぶ。  

 『お願い』という名の命令。  


「あいつが今まで信じてきた『格』だの『才能』だのといった常識を、俺たちの『道具』と『知恵』でぶち壊す。……あいつの澄ました顔を、恐怖で歪ませてやるんだ」


 その言葉に込めた俺の「本気の怒り」に、3人は息を飲んだ。  

 だが、そこに怯えはない。  

 俺の怒りは、彼女たちの怒りでもあった。  


「……ええ、やりましょう」


 エレオノーラがレイピアを構え直した。


「やってやるわよ。あいつの度肝を抜いてやるんだから!」


 ミナが拳を突き上げる。


「わ、私も……頑張ります! 皆さんを、絶対に死なせません!」


 リーゼが涙を拭い、顔を上げた。




 そして数日後。  

 決戦の舞台となる、学園闘技場。


 すり鉢状の会場は、溢れんばかりの観客で埋め尽くされていた。  

 生徒だけでなく、視察に来た貴族や、街の一般市民までもが詰めかけ、熱気と歓声が渦巻いている。


 その一角。  

 一般席の中でも一際見晴らしの良い特等席に、生徒会の一団が陣取っていた。  

 中心に座るのは、生徒会長ランス・フォン・グランソル。  

 彼は優雅に脚を組み、まるで王が戯れを眺めるような目で、眼下のアリーナを見下ろしている。


「第一回戦! 東側入場――『カイルチーム』!!」


 審判の声と共に、俺たちはアリーナへと足を踏み入れた。  

 途端に、客席からざわめきが起こる。


「おい見ろよ、公爵令嬢だ」


「なんであんな連中と組んでるんだ?」


「落ちぶれたもんだな」


「相手はDランクチームだろ? 初戦敗退か?」


 嘲笑、憐憫、無関心。  

 好意的な声は一つもない。  

 俺たちは「カイルチーム」なんていうふざけた仮登録名のまま、場違いなチームとして迎え入れられていた。


 対峙するのは、Dランクの魔法科男子生徒4人組。  

 お揃いのローブを着込み、自信満々に杖を構えている。


「へっ、初戦からお荷物部隊かよ。運がいいぜ」


 リーダー格の男が、俺たちを見てニヤついた。  

 彼らの視線は、俺やミナ、リーゼを素通りして、エレオノーラだけに向けられている。


「おい、作戦通りだぞ。警戒すべきは『氷姫』エレオノーラだけだ。あとのGランクとFランク、それに魔導工学の女は無視しろ。あんなの数合わせの雑魚だ」


「おう、まずは氷姫を一斉射撃で落とすぞ!」


 聞こえるように大きな声で作戦会議をしている。  

 完全に舐めきっている。  

 俺たちが棒立ちのカカシか何かに見えているらしい。


「……カイル」


 後ろでエレオノーラが小さく呼んだ。  

 彼女も気づいている。

 相手の意識が自分に集中していることに。


「ああ、分かってる」


 俺は表情を変えず、静かに頷いた。  

 むしろ好都合だ。  

 お前たちが俺を無視してくれるおかげで、俺の仕事はより簡単になる。

 俺は右手をだらりと下げ、腰のホルスターに触れることなく、自然体で立った。  


「両者、構え!」


 審判が手を挙げる。  

 敵の4人が一斉に杖を振り上げ、エレオノーラに狙いを定めた。  

 口元が動き、詠唱の準備に入る。


(――燃え上がれ、紅蓮の炎よ……)


 彼らの唇の動きが、スローモーションのように見えた。


「用意……」


 会場の喧騒が遠のく。  

 俺の意識は極限まで研ぎ澄まされ、指先の感覚だけが鋭敏になる。  

 狙うは四点。

 敵の胸元。


「始めっっ!!」


 開始の合図と同時。  

 敵が最初の音節を発しようとした、その瞬間。


「……遅い」


 俺の手がブレた。


 クイックドロウ。  

 ホルスターから飛び出したピースメーカーが、瞬きする間に四つの標的を捉えていく。


 撃鉄を起こし、引き金を引く。  

 本来なら手間のかかるシングルアクションの動作を、俺は常人には視認できない速度で繰り返した。  

 荒々しい乱射ではない。  

 極限まで無駄を削ぎ落とし、針の穴を通すような精密射撃。


 魔力薬莢の高音が、ほぼ同時に四回響いた。  

 それは魔法の爆発音とは違う、鋭利な銃声。


 パリンッ、パリンッ、パリンッ、パリンッ――!


 連続して、クリスタルが砕ける音が重なった。


「…………あ?」


 敵のリーダーが、間の抜けた声を上げた。  

 杖を振り上げたポーズのまま、彼は自分の胸元を見下ろした。  

 そこにあったはずの、敗北条件となる「クリスタル・エンブレム」がない。  

 代わりに、黒いゴムの塊が、砕け散ったクリスタルの残骸と共に転がっていた。


 彼だけではない。  

 隣の男も、その隣も。  

 4人全員のエンブレムが、同時に弾け飛んでいた。  

 四発四中。  

 一発の無駄弾もない。


 詠唱すら終わっていない。  

 一歩も動いていない。  

 ただ、開始の合図と共に、俺が手を動かした。それだけで試合が終わっていた。


 シーン……。


 闘技場が、静寂に包まれた。  

 観客も、審判さえも、何が起きたのか理解できていない。  

 魔法の光も飛んでいないのに、なぜか4人のエンブレムが砕けているのだから。


「……え、あ、あー……」


 審判が慌てて状況を確認し、壊れたエンブレムを見て、裏返った声を張り上げた。


「しょ、勝者、カイルチーム!!」

 その宣言が一瞬遅れて響き渡る。  

 直後。  

 ドッッッ!!と会場が爆発的なざわめきに包まれた。


「は!? 何だ今の!?」


「魔法使ったか!?」


「いや、何も見えなかったぞ!?」


「あのGランクがやったのか!?」


 騒然とするコロシアムの中心で、俺は慣れた手付きで銃をくるりと回し、ホルスターにカチャリと戻した。  

 エンブレムを正確に狙い撃つ技術。  

 まぐれではない。

 俺は顔を上げた。  

 見るべき相手は、目の前の敗者たちではない。  

 もっと高い場所。


 俺は観戦席の特等席にいる、ランス・フォン・グランソルを見上げた。


 彼は脚を組んだまま、動きを止めていた。  

 その表情から、先程までの余裕が消え、わずかに眉が動いているのが見える。  

 驚いているのか、不快に思っているのか。


 俺は彼に向かって、右手を突き出した。  

 親指を立て、人差し指を向ける。  

 子供の遊びのような、「指鉄砲」の仕草。


(まずは挨拶代わりだ)


 俺は心の中で、彼に告げた。  

 これは宣戦布告だ。  

 お前が無視した「道具」と「無能」が、お前の喉元に食らいつくぞ、という警告。


(……待ってろよ生徒会長。次はテメェだ)


 遠目にも、ランスの頬がピクリと引きつるのが見えた。  

 俺は口の端を吊り上げ、ニヤリと笑って背を向けた。  





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 読んでくださりありがとうございます!


 フォローと最新話からさらに次のページの「★3」押してもらえると嬉しくて泣き叫びます(笑)

 ランキング上位を目指して更新頑張ります! 

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【魔力0】の落ちこぼれに転生しましたが、『銃』があるので何とかなりそうです 〜気がついたら学園最強の美少女とパーティーを組んでいました〜 ダマ @dama-dama27

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