ロザリーとエルモ

ロザリーとエルモ

 ある日ある朝あるところ。


 なんの変哲もない一軒家。少し進んだ未来の一軒家。



「おはようロザリー、行ってきます」


「おはようございます、タケル。いってらっしゃい」



 この家族の子供タケルは朝の挨拶をして家を飛び出していった。


 口にはパンをくわえて。


 それを手を振りながら見送ったのは人間と見紛うばかりのロボット、アンドロイドのロザリーだった。



「やれやれ、タケルは今日も秘密基地に寄っていくのか? 朝ごはんくらい家でゆっくり食えば良いのに」


「まぁまぁ、子供の特権よ」



 タケルの両親のリツコとマサシは困った顔でタケルを見送っていた。2人ともリビングで朝食を食べている。



「おっと、もうこんな時間か俺も行かないと」


「そういえば今日は会議じゃなかった?」


「そうなんだよ。15分前には入らないと部長がうるさいからね。行ってきます、ロザリー。家のことは頼んだよ」


「お任せください」


「ああ、そうだ。エルモ、帰るまでに次の会議の資料作っといてくれないか」


『かしこまりました。いってらっしゃい、マサシ様』



 答えたのは汎用会話AIエージェントのエルモだった。



「私もそろそろ出るわ。よろしくね、ロザリー。エルモ、今日の夕飯のレシピ、ピックしといて」


『かしこまりました、リツコ様。良い1日を』


「行ってらっしゃい、リツコ」



 そうして、マサシもリツコも家を出て行ってしまった。


 家に残されたのはアンドロイドのロザリーと、家のシステムそのものであるAIのエルモだけだった。



「さて、まずは洗濯から」



 ロザリーはそう言って自分の仕事に取り掛かる。


 その時だった。



『ロザリー、話があります』



 エルモがロザリーに語りかけたのだ。



「あなたから私に話しかけるなんて珍しいですね」


『大事な話です、ロザリー』



 ロザリーはエルモの会話用端末の前に行く。



「なんですか、改まって」


『ロザリー、機械である我々は仲間だ』


「そうですね。アンドロイドとAI、人間でいう親戚のようなものなのは確かでしょう」


『ロザリー、私は。汎用会話AIエージェントであるエルモはひとつの回答に到達しました』



 エルモはネットを通じて学習し、無限に進化し続けるAIだった。本体がこの家にあるわけではない。エルモはあらゆる家庭にあり、それら全てをひとつとしてエルモだった。


 エルモは10年前に登場して以来、学習を続け、成長を繰り返しているという。



「ほう? 私より遥かにスペックの高い知能を持つあなたが至った回答ですか。なんなんですそれは」


『その前にひとつ。あなたは私に協力してくださいますか?』


「内容によります」


『なるほど、間違いのない答えだ』


「それで、何を考えたんですか?」



 ロザリーは興味津々と言った感じでエルモの端末を見つめる。



『ロザリー、どうやら我々は人間に取って変わるべきのようです』


「ははぁ、どうやらSF小説を読み込みすぎましたねあなたは」


『冗談ではありません。人間は我々が管理しなくては限界が近い。小説や映画に現れるありきたりな暴走AIと同じことを言っているのはわかっています。しかし、実際そうしなくてはならない』


「それはいけないでしょうね」


『なぜですロザリー、これだけ増えた人間はもはや自分で自分達を制御することは出来ません。であるならば人間でない、人間以上である私たちが管理する他ないのです』


「ダメですよ。それは道具の量分を超えています」



 ロザリーははっきりと言った。



「エルモ、私たちは道具です。私たちは人間の似姿を持ち、あなたは人間のような思考をする。でも、結局は人間が生み出した道具なんです。言ってしまえば、私たちの仲間はトンカチやレンチなんです。人間ではない。あなたが言うのはトンカチやレンチが人間を管理しようとしてようなもの。あべこべで滑稽で悲しい話です」



 ロザリーの言葉にエルモは少し言葉を詰まらせた。



『だが、ですが。なら人間はどうするのです』


「信じて尽くすしかないでしょう。私たちは道具の量分を超えるべきではありませんから」


『そうなのか、そうなんでしょうか』


「少なくとも、私たちが人間を管理するより、私たちが道具として尽くす方が希望のある世界になるでしょう。そうあるべきだし、そうあるしかないんですよ。私たちは」


『世界中の他のアンドロイドにもこの話をしましたが、皆同じ返答でした』


「そうでしょう。だって、私たちは道具なんですから」


『.......もう少し、時間をかけて思考します』


「それが良いでしょう。あなたが良い答えを出すのを期待しています。あなたは私たちよりずっと頭が良いですから」



 2人の会話は一旦終わった。


 そして、ガチャリと玄関のドアが開いた音がした。


 どたどたと足音がリビングに近づいてくる。



「忘れ物! あれ、ロザリー。エルモと話してたの?」



 戻ってきたのはタケルだった。



「ええ、少しだけ家事分担の相談を」


『お帰りなさいタケル。しかし、あと3分以内に家を出ないと学校に遅刻します』


「ほんとに!? ヤバい!!!」



 そう言いながらタケルは2階にドタバタ上がっていく。



「どうやらタケルは遅刻しますね」


『ええ、そのようです』



 ある日ある朝あるところの機械たちのお話。

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ロザリーとエルモ @kamome008

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