第2話 裏切り者のおかげで

決勝の相手が決まったとき、僕は少しだけ身構えた。

黄金州戦士達に対抗しうるチームは限られていて、その限られた選択肢の中でも、もっとも感情をざわつかせる名前が残った。騎士達。そして、その中心にいるスター、ブロン。


僕はブロンが嫌いだった。

理由はいくつもあったし、どれも決定打にはならない。移籍の仕方、言葉の選び方、勝ち方、負けたあとの振る舞い。どれも些細で、どれも積み重なると重くなる。嫌いという感情は、だいたいそうやって育つ。正義感より先に、体が拒否する。


だから決勝が始まったとき、僕は自分の立ち位置を決めかねていた。

黄金州が勝てば、今年もだ、という感覚が確定する。

騎士達が勝てば、嫌いな男が英雄になる。


どちらも気が進まない。

その時点で、僕はすでに観戦者としては不純だった。


最初の数試合は、予想通りだった。

黄金州は強く、騎士達は食らいつくが及ばない。解説者は落ち着いた声で、「やはり地力が違う」と言う。僕はその「やはり」という言葉に、少し安心している自分に気づいて嫌になった。予定調和は嫌いなはずなのに、崩れないことにも慣れてしまっている。


シリーズが進むにつれて、空気が変わり始めた。

騎士達が一つ勝ち、もう一つ勝った。ブロンの表情が変わる。汗の量が増え、動きが荒くなる。それでも彼は止まらない。止まらないというより、止まることを拒んでいるようだった。


数字が異常になっていく。

得点、リバウンド、アシスト。

どれも現実感を失っていく。スタッツは本来、試合を理解するための道具なのに、その夜の数字は理解を拒んでいた。理解できないものを、人は奇跡と呼ぶ。


僕は、いつの間にか試合に前のめりになっていた。

応援しているわけではない。

ただ、目を離せなくなっていた。


ブロンは、あらゆる場面に現れた。

攻めて、守って、走って、叫んだ。

味方を叱り、相手を押しのけ、審判に文句を言い、次の瞬間には無表情になる。その切り替えの速さが、どこか怖かった。感情がないわけではない。感情を使い切る覚悟がある、という感じだった。


シリーズが最終戦にもつれたとき、僕はようやく理解した。

これは、黄金州が負けるかもしれない、という話ではない。

**王朝が壊れる可能性が、現実として立ち上がってきている**のだ。


その可能性は、希望というより緊張に近かった。

うまく言えないが、空気が薄くなった感じがした。

息をするたびに、胸が少し痛い。その痛みが、生きている感じと結びついていた。


最終戦、黄金州はらしくなかった。

ミスが増え、判断が遅れ、シュートが外れる。

騎士達が特別に強くなったというより、黄金州が人間に戻っていくように見えた。


ブロンは最後まで立っていた。

立って、走って、ボールを持ち、渡し、また受け取る。

あの夜の彼は、歴代最強という言葉を冗談にしてしまうほど、冗談みたいなことをやっていた。


試合が終わった瞬間、会場が揺れた。

テレビ越しでも分かるほどの揺れだった。

騎士達が勝った。

黄金州が負けた。


僕は、しばらく動けなかった。

喜びはなかった。

悔しさも、そこまでなかった。


代わりにあったのは、変な感覚だった。

胸の奥で、何かがほどける音がした。

長い間、固く結ばれていた紐が、ようやく緩んだような感覚。


嫌いな男が勝った。

それは事実だ。

けれど、その勝ち方は否定しようがなかった。


ブロンは、僕の好みにはならなかった。

それでも、彼がやったことは、確かに歴史だった。

歴史というのは、好き嫌いとは無関係に起きる。


その夜、僕は久しぶりに誰かと長くスポーツの話をした。

勝った理由、負けた理由、あの場面の選択。

どれも、断定できない話ばかりだった。


断定できないということが、こんなに楽しいとは思わなかった。

「もしかしたら」「たぶん」「次は違うかもしれない」

そういう言葉が、自然に口から出てきた。


希望がある、と思った。

黄金州が負けたからではない。

ブロンが勝ったからでもない。


**未来が一つに決まっていない**と感じられたからだ。


その不確かさの中で、僕は久しぶりに、

ポストシーズンを生きている気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る