第1話 目覚めれば、絶世のクズ
第1話
目覚めれば、絶世のクズ
「……起きたくない」
それが、俺の人生二周目の最初の言葉だった。
「……誕生日だぞ、俺。十七だぞ。
なのに、なんでこんなに嫌な予感しかしない」
目を開けると、天井がやけに高い。
白すぎる。広すぎる。
高級ホテルみたいな部屋の匂いがする。
「……待て」
ベッドから起き上がり、ふらふらと洗面台へ向かう。
そこで――俺は、人生の方向性を完全に誤った。
「………………は?」
鏡の中に、人間として反則級の顔面がいた。
「……誰?」
思わず、鏡に話しかける。
銀色に近い黒髪。
長すぎる睫毛。
意味が分からないほど整った目鼻立ち。
「……いや、違う」
頬をつねる。
ひんやりした肌の感触。
普通に痛い。
「……俺だ」
喉が鳴る。
「……俺が、こんな顔?」
口角を上げると、鏡の男も笑う。
それだけで空気が変わる。
「……神、やりすぎだろ」
その瞬間だった。
――ずるり。
頭の奥で、重たい襖が一気に開く音がした。
月。
御簾。
香。
女、女、女。
「……っ!?」
視界が歪み、洗面台に手をつく。
白檀と墨の匂いが、なぜか鼻に蘇る。
「……待て待て待て!」
脳内で、誰かが囁く。
――いとをかし。
「……言うな!」
和歌。
夜。
愛。
嫉妬。
数え切れない女房たち。
「……光、源氏……?」
名前を口にした瞬間、
全身の毛穴が一斉に開いた。
「……あ、俺、思い出した」
乾いた笑いが漏れる。
「……前世、絶世のクズだ」
そこへ、ノック音。
「――ヒカル様」
澄んだ、感情のない声。
「……はい?」
ドアが開き、執事風の男が深々と頭を下げた。
「お誕生日、おめでとうございます。
そして……」
一拍置く。
「ご実家の件で、至急ご確認を」
嫌な予感が、確信に変わる。
「……書類、そこに置いて」
男が去る。
封筒を開く。
「…………」
数字が、目に刺さる。
「……二」
声が出ない。
「……二億?」
紙をめくる。
「……円?」
膝が崩れ、床に座り込む。
「……いやいやいやいや」
頭を抱える。
「……平安貴族でも、
ここまでの借金は背負わねえぞ」
さらに追撃。
スマホが震える。
【システム通知】
【悪役令息:ヒカル】
【フラグ進行率:91%】
【国外追放エンド:目前】
「………………は?」
目の前が暗くなる。
「……待て」
指を立てて数える。
「俺、
①前世:光源氏
②今世:乙女ゲーム世界
③立場:悪役令息
④借金:二億
⑤エンド:国外追放(ほぼ死亡)」
一息。
「……詰んでね?」
そこへ、勢いよくドアが開く。
「ヒカル!」
ヒールの音が床を叩く。
「……アリス?」
婚約者。
氷点下の視線。
ジャスミンの香りが、ぴんと張る。
「今朝の件、説明して」
「今朝?」
「他の女生徒と、
人気のない場所で話していた件よ」
「……え?」
その背後から、ひょこっと顔が出る。
「ヒカルさま、おはようございます!」
素朴で温かい声。
「……エレン?」
赤い鼻。
マフラー。
安心する笑顔。
その瞬間。
――ピロン。
【選択肢】
A:アリスを優先
B:エレンを庇う
C:両方口説く(※悪手)
「……やめろ」
アリスが腕を組む。
「……黙ってないで」
エレンが不安そうに言う。
「……ヒカルさま?」
額に汗が浮かぶ。
美貌だけでどうにかなった前世の感覚が、
ここでは一切通用しない。
「……俺」
喉が、ひくりと鳴る。
「……今回は、
顔だけじゃ生きられないらしい」
二人が同時に眉をひそめる。
「……何を言ってるの?」
「……大丈夫ですか?」
窓の外では、
板橋の朝の騒音。
トラック。踏切。人の声。
現実だ。
俺は、深く息を吸った。
「――よし」
鏡に映る、絶世のクズに向かって言う。
「……ハイテンションで、
地獄を生き延びてやる」
唇に、無理やり笑み。
「悪役令息・光源氏」
心臓が、強く打つ。
「……第2周目、開始だ」
――完全に詰んでるけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます