プロローグ
プロローグ
悪役令息・光源氏がやってきた!
「――……誰だ、これは」
鏡の前で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……いや、誰だって話じゃない。
問題は――なぜ、こんな顔がここにある」
指で頬をつつく。
ひんやりした肌の感触。
夢じゃない。確実に俺の顔だ。
「……まつげ、長すぎだろ」
少し目を伏せただけで、影が落ちる。
鼻筋はすっと通り、唇は無駄に形がいい。
「……神、やりすぎ」
心臓が、どくんと鳴った。
「いや、待て。落ち着け。今日は俺の――」
壁のカレンダーを見る。
「……17歳の誕生日?」
喉が乾く。
部屋に漂う甘ったるい香水の匂いが、鼻につく。
「……誰だよ、こんなの使ってたの」
その瞬間だった。
――ずるり。
頭の奥で、何かが滑った。
脳内に、見たことのない光景が雪崩れ込んでくる。
御簾。
月。
白い肌。
笑う女たち。
「……あ」
息が止まる。
「……ああああああ?」
誰かの声が、脳内で囁いた。
――いとをかし。
「……は?」
次の瞬間、俺は床に膝をついた。
「……待て待て待て待て!」
頭を抱える。
「今、平安貴族の人生丸ごと、流れ込んできたんだが!?」
月を口説いた記憶。
和歌で女を落とした感触。
嫉妬と愛と、数えきれない夜。
「……光源氏?」
口に出した瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。
「……冗談だろ」
震える手で、机の上のスマホを掴む。
「……落ち着け。現代だ。板橋だ。俺は――」
画面に表示された通知。
【重要:ご実家の件について】
「……ん?」
開く。
数字が目に飛び込んできた。
「……二、億?」
喉が鳴る。
「……円?」
さらにスクロール。
【金融機関各社よりご連絡】
【返済期限:迫る】
【資産差し押さえの可能性】
「……は?」
椅子に崩れ落ちる。
「……いやいやいや」
笑おうとしたが、笑えない。
「……二億って……
源氏でも背負わねえぞ」
そこへ、ドアがノックされた。
「――ヒカル様?」
澄んだ女の声。
「……お、おう?」
ドアが開く。
「お誕生日、おめでとうございます」
入ってきたのは、完璧に整った制服の少女だった。
「……え」
心臓が、嫌な音を立てる。
「アリス……です」
彼女は、冷たい瞳で俺を見る。
「……今朝の件、説明していただけますか」
「今朝?」
「他の女生徒と二人きりでいた件です」
「……え?」
頭の中で、警報が鳴る。
――悪役令息。
誰かが、囁いた。
「……待て待て待て」
「待ちません」
アリスは、腕を組む。
ジャスミンの香りが、ぴんと張り詰める。
「あなたは私の婚約者です」
「……婚約者?」
「ご存じないと?」
彼女の目が細くなる。
「……本気で言ってるの?」
喉が、からからだ。
「……あ、いや」
その時、別の声が飛び込んできた。
「ヒカルさま!」
今度は、少し息の混じった声。
「……おはようございます!」
廊下から顔を出した少女。
赤い鼻。素朴な笑顔。
「……エレン?」
名前が、自然と出た。
「覚えててくれたんですね!」
彼女は、ぱっと笑う。
「……今日は、お誕生日ですよね」
その瞬間。
――ピロン。
脳内に、冷たい文字が浮かんだ。
【悪役令息:ヒカル】
【フラグ進行率:92%】
【国外追放エンドまで:残り僅か】
「……」
世界が、ぐらりと揺れる。
「……ちょっと待て」
アリスを見る。
エレンを見る。
鏡に映る、この顔。
「……俺」
唇が、かすかに震えた。
「……詰んでないか?」
誰も答えない。
窓の外で、板橋の朝の音。
トラックのエンジン音。
遠くの踏切。
「……前世は、
月を口説けばよかった」
喉から、乾いた笑いが出た。
「……今世は」
拳を握る。
「二億円と、地獄のフラグかよ」
それでも。
鏡の中の俺は、
やけに美しく笑っていた。
「――よし」
深く息を吸う。
「生き延びてやる」
前世の記憶も、
この顔も、
借金も、
全部まとめて。
「……悪役令息・光源氏」
唇に、微笑み。
「現代に、やってきました」
――物語は、ここからだ。
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