第8話 境界の掟

境界の朝は早い。

 霧が完全に晴れる前から、人々は動き始めていた。


 見張りが交代し、物資の確認が行われ、簡単な食事が配られる。誰かが命じるわけでもないのに、すべてが滞りなく進んでいた。統率というより、共通理解によって成り立つ集団だ。


「驚いた?」


 セラが隣に立ち、集落を見渡しながら言った。


「ええ。もっと無秩序だと思っていたわ」


「王国は、そう教えるからな」


 彼女の声には、わずかな皮肉が混じっていた。


 そのとき、見張りの一人が駆け寄ってくる。


「セラ、北側で魔物の動きが活発です。数が多い」


 周囲の空気が一気に引き締まった。

 境界にとって、魔物の群れは死活問題だ。


「通常なら、どうするの?」


「被害が出る前に、外へ誘導する。でも……」


 セラは私を見た。


「今回は、お前に任せたい」


 一瞬、集落の視線が集まる。

 試されているのだ。


「失敗すれば?」


「信用は失う」


 分かりやすい。


「いいわ」


 私は頷いた。


 北側の森に向かう途中、同行者は最小限だった。

 力を見せすぎれば恐れられる。見せなければ、軽く見られる。


 必要なのは、その中間。


 魔物の群れを視認した瞬間、私は地形に意識を向けた。

 直接殲滅はしない。流れを変える。


 地面をわずかに隆起させ、進路を誘導する。

 森の奥、谷の外へ。


 数分後、魔物たちは境界から離れていった。


「……終わり?」


 同行者が呆然と呟く。


「ええ。被害ゼロよ」


 集落に戻ると、静かなざわめきが起きていた。

 称賛はない。だが、疑念も消えている。


 それで十分だった。


 信頼は、一度に得るものではない。

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