未知の味を求めて

石田空

失敗は成功の母とは言うが

「あのね、那由他。カレーにもね、限度があるから」

「カレーの許容範囲だったらいけると思ったの」

「カレーさんにも許容限度ってものがあるから、なんでもかんでもカレーさんに求めてあげるのやめて! どうするの! このカレー、一週間分あったのに!」


 悲鳴を上げる刹那の手元には寸胴鍋。

 寸胴鍋にはたっぷりの艶々に火の入ったチョコレートにしか見えないカレーが入っている……匂いから肉の匂いもスパイスの香りも完全に消し飛び、ココアの匂いしかしないのだが。ひと口食べるとびっくり。苦くて苦い。匂いはなんだか甘い。逃げ場のない料理の絶望というものを嫌でも体験できる。

 それに那由他は膨れていた。


「だって今日はチョコレートをつくったんです。トリュフだったんです」

「うん、おいしかったね。ごちそうさま」

「でもトリュフをココアの入ったバットに入れて転がすと、ココアが余るじゃないですか。捨ててしまうのも環境によろしくないと思って考え込んでいたところで、鍋いっぱいのカレーがあるじゃないですか。カレーの隠し味にはチョコとも言いますし、隠れるんじゃないかと……」

「隠れてないよね! これもう、隠し味ですらないよね!?」

「カレーの許容範囲というものの確認ができました。次からは上手くやります」

「やらないで! カレーは結局カレールーのパッケージ通りにつくるのが一番美味いから! 食品会社の研究員のことをもうちょっと信じて!」

「次からは上手くやります」

「やめて!」


 那由他は料理が得意だ。那由他が目分量でつくった具だくさんの豚汁、どこかで見て覚えたらしいチーズクリームのサラダ、残っていた野菜と漬物を具にしてつくった炒飯。どれもこれも絶品だったが。

 月イチでとんでもないものをつくり出すのが難点だった。とりあえず残ったものでつくり出すのだから、レシピの再現はほぼ不可能。その日その場限りの料理ばかりつくり出す。

 今日のチョコの見た目の苦カレーなんてどうやってリカバリーするんだよと、毎度毎度食べさせられる刹那はそっと息を吐いた。


****


「……これ、食べられるの?」

「ハンバーグチョコレートソースがけです」

「って、このハンバーグなんか甘い匂いするし、このチョコレートソースって、この間つくったカレーの残りだよね!? ほんっとうに大丈夫なの!?」

「失礼な。失敗は成功の母なり。このハンバーグはたまたまスパイス切れてたからシナモンで匂い消ししてバターで焼いただけだよ」

「だからか……このシナモンとバターの甘ったるい匂いがするのは。で、なんでそれにチョコレートソースかけちゃったの」

「そんなスペイン料理があると聞いて。この間の失敗したカレーさんもなんとかなるんじゃないかと」

「もうカレーで遊ばないの! 今度はハンバーグさんにまで迷惑をかけて……あれ、おいしい」


 肉のジューシーさを、シナモンとバターが底上げしている。そのジューシーさとチョコレートソースの苦さが絶妙に合うのだ。


「だから言ったじゃん。これスペインの肉のチョコレートソースがけを参考につくったんだってば。これであのチョコレートなカレーのリカバリーも利く利く」

「待てい。今回はこれで合ったからいいとして、あのカレーまだ残ってるの!?」

「今度はラム肉にかけてみようかと」

「ラム肉にまで変なことしないでよ!?」


 月イチで珍妙なものをつくり出したあと、残りは成功を続ける那由他の料理。

 今日も刹那はその未知の味を求める那由他の暴走で、迷惑極まっている。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未知の味を求めて 石田空 @soraisida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画