女の子のマフラー勝負

藤田一十三

第1話

 表、裏、表、裏。表、裏、表、裏。

 水色の毛糸を、一目一目編んでいく。

 表、裏、表、裏。表、裏、表、裏。


 好きな人ができた。

 柄にもなく編み始めたマフラーは、幾度も目を間違えて、ちっとも進まない。それでも、何度目かに複雑な作り目をクリアして、更に何度目かに目を間違わずに数段編めて、ようやく、調子に乗ってきた。

 なのに。

「人の男に、色目使わないでよ」

 彼とは物心つく前からのつきあいだという彼女に、何故私が彼に告白しようとしていると知れたのかはわからない。そもそも、私は彼女の存在を知らなかった。くやしく思いながらも、諦めたその晩も、数段編んだ。

 翌日、友人に打ち明けた。

 彼と彼女と同じ中学だった友人は、それは嘘だ、と教えてくれた。

 彼女の片想い。けれど嫉妬深くて、彼の下駄箱やロッカーを勝手に開けて、レトロな呼び出しやラブレターをチェックしていたいう。しつこい彼女に、彼は困り果てていたと、そう教えてくれた。

 彼は、特につきあいたい相手もいないので強く反発していないだけなのだと、放課後までに、そんな最新情報まで仕入れてきてくれた。


 表、裏、表、裏。表、裏、表、裏。

 確実に一段一段積み重なり伸びていくマフラー。これを渡して、告白しよう。


 試験勉強のふりをしてペンの代わりに編み針を持ち編み続ける指に、じっとりと湿った感触があらわれた。

 マフラーが数段、赤く汚れていた。血のような、赤色で。

 慌てて指を見ても、なんの傷もない。

 汚れた分をほどいて、切って、糸を繋げて、再び編み進める。

 また、べっとりと湿った。

 五段編んでは十段ほどき、マフラーはどんどん短くなっていく。私の指に怪我などない。あの女だ。

 私は、負けるもんかと必死に編んだ。けれど、朝にはマフラーは跡形もなくなってしまった。


 赤い毛糸を買った。

 いくら汚れても、目立たない。一気に編んだ。

 じんわり、ねっとりと湿っていくのもおかまいなしに、編んだ。

 真っ赤なマフラーは、完成した。


 真っ赤なマフラーを洗う。

 真っ赤な色が染み出てきて、何回も何回も洗ってはすすいだ。 

 真っ赤なマフラーからは、赤い色が染み出てこなくなった。

 ただの、真っ赤なマフラーになった。

 乾かして、アイロンをかけて、丁寧に包装して、リボンを結んだ。


 告白の待ち伏せ場所を、彼女が通った。

 青白い顔をして、私に気づかず、通り過ぎた。

 両手首に、真っ白い包帯を巻いていた。

 完成したばかりのマフラーを沈めた水を、真っ赤に、真っ赤に、染めたもの。

 彼の首に巻くものを染め上げたのは……。


 私は、マフラーを燃やした。

 先輩は、受験期に入り、自由登校になり、そして、卒業した。


 告白しそこねて、その恋を終えた。


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

第26話 百物語 第十一話『マフラー』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761/episodes/822139841540915296

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女の子のマフラー勝負 藤田一十三 @fujita_13

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