弱ったお隣の妖精さんを助けたら、なつかれました。

アサガキタ

第1話 学園の妖精さん。

 父親が再婚することになった。お相手の女性も連れ子がいて、しかも女子。しかもしかも、同じ年。どう考えても気まずいと察した俺は先に手を打つ。


 じいちゃんがいる。自由気ままな人で老後台湾へ移住した。日本に戻る気がないという事で、俺はじいちゃんから住んでたマンションを貰うことになった。

 父親の再婚相手。その娘さんとの新しい生活。控え目に言って気まずい。日常にラブコメは存在しない。なので先手を打ち、じいちゃんから貰ったマンションに逃亡。ひとり暮らしを始めていた。だからふたりとは1度も会ってない、会ったところで弾む会話は期待出来ない。日常に平穏を望む俺は無駄な労力も惜しむ。


 一応父親からは生活費は貰えていたし、お相手ともその娘さんとも会わずに済む。済むのだけど、人生気まずいのは何も家族だけとは限らない。


 生きていればどこでも気まずさは存在していて、そういうのとうまく付き合いながら生きていくしかない。例えば――こうやってドアスコープを毎朝のぞくのも、気まずさの回避行動なんだけど……


「よし……大丈夫だろ、今なら」

 ゴミの日なのでたまにはちゃんと捨てないと、ゴミ屋敷になってしまう。慌てて出ようとしたが、立ち止まる。


 ガスの元栓閉めたかなぁ……気になり始めると1日気になってしまう小心者。心の平穏のため、確認に戻るがやっぱし閉めてた。俺はダッシュで玄関に戻りドアのカギを掛けようとしたその時、ガチャリと隣の部屋から音がした。


 マズい……


 最悪のタイミング。

 理由は簡単。隣の部屋には――学園の妖精と呼ばれている片倉律子が住んでいた。運悪く、同じクラスでしかも教室でも隣。偶然だけど、片倉律子からしたら迷惑な話。四六時中監視されてると思うかも。


 だから、今朝は運が悪い。これという理由がない限り学校までどころか、教室まで同じ道を歩くことになる。それを避けるためにドアスコープに張り付いていたのだけど……


「おはようございます。古石くん。古石くんもゴミ捨てですか」

 はぁ……ゴミステーションまで一緒になるとは。


「おはよう、片倉さんもですか」

「ええ」

 こんな感じ。無視されてるとか、仲が悪いとかではない。でも、考えて欲しい。妖精さんなんて呼ばれてる女子が、かわいくないわけがない。そんな女子と登校するなんて、夢か悪夢かのどちらか。

 身の丈を知る俺こと古石ふるいし由宇ゆうにとって、後者の悪夢。うかつにかわいい娘を見慣れたせいで、無駄に目が肥えるのも悲劇でしかない。それは平穏な俺の求める日常ではない。かわいい子が隣を歩くだけでも、俺の日常は騒がしくなる。


 なので、あれこれと策を練る。そう、一緒に登校しないで済む策を。まず手始めはこんな感じ。

「片倉さん、一緒に捨てておこうか、そのゴミを」

 そう、親切と見せかけて最初の分岐点、ゴミステーションで早々に別の道を進む。これが最も精神衛生上いい。ここで別れるなら実質エレベーターだけがご一緒。美少女との接点はこの程度がいい。いい思い出にもなる。血圧も上がらないし。


 実にいい。ご近所としてこれほど適正な距離はない。

 だけど――

「いえ、自分が出したゴミなので、そこは捨てるまでが責任かと」

「それもそうか……」

 意外に堅苦しい。同級生にゴミ捨てさせるのが悪いと思ったのかも。人としてはいい人なのか……


 だけど、これくらいで挫けるわけにはいかない。次は駅前のコンビニ。ここでなんとかしないと同じ電車、同じ車両、隣り合った吊り輪を持つことになる。これはマズい。学園の妖精さんと隣り合った吊り輪。この頃には緊張し過ぎて体内の酸素が不足してしまうだろう。


「片倉さん。実はオレ、昼飯ないんでコンビニに行かないとなんです。だから先に――」

「そうですか、偶然です。私もお昼なにか買わないとなんです」

「それは……残念、いや偶然ですね」


 ツイてない。じゃあ、初めからコンビニに寄るなんて言わなきゃ、今頃別行動だった。しかし、さっさと自分の用事を済ませて先に行くのは感じが悪い。俺は感じが悪いという印象を与えたいんじゃない、学園の妖精さんと別行動したいだけ。感じの悪い印象は俺の日常の平穏を乱す。

 ただのお隣さん。俺のささやかな望みは、勘違い男子と思われたくないだけ。


「それだけなんですか、お昼」

 俺は基本学食なんだけど、別行動する言い訳にした手前なにか買わないと。無難なところおにぎりと菓子パンになるが、片倉律子が手にしたのは、クッキーみたいなカロリー補助食品。あとのど飴。


「はい、少し食欲がないんです。ダイエットにもなるので……」

「ダイエットですか」

「はい」

 必要か? 明らかに華奢。折れちゃうほどではないが男の俺から見て、ダイエットが必要なようには見えないが、口出すほどの仲でもない。相手は学園の妖精さんなのだから、妖精さんには妖精さんの事情があるんだろう。


 こうなると、別行動は難しい。違う車両に乗るのは――感じ悪い。いや、伝えないときっと付いて来るだろう。学園までの駅は数駅。その数駅が微妙に居心地が悪い。彼女のせいではない。彼女を見ている視線。妖精なので男子も女子も社会人も見てる。その対比として、ついでに俺も見られる。これが相当俺の居心地を悪くする。

 ――つりあわないなぁ……みたいな視線。


 この手は使いたくなかったが、学園の最寄り駅。ここで別行動を取らない限り、俺は妖精さんを教室までエスコートした感じになる。それだけは避けたい。なぜなら……きっと男子に冷やかされるから。


 そして必ず聞かれる、なぜと。なぜお前ごときが学園の妖精さんと一緒なんだと。当然の反応。でも、言い訳が出来ない。理由は簡単だ、彼女が隣に住んでることがバレたら、入り浸りになる、男子共が俺の部屋に。


 そうなると心の平穏のためのひとり暮らしが台無し。それだけは避けたい。父親の再婚から逃亡してまで手に入れた心の平穏。妖精さん目当ての男子共に乱されたくない。なので仕方ない。ここは腹痛でもないが腹痛を理由にトイレに逃げよう。さすがに待ってることはないだろう。


 しかし、俺も思春期男子。日常の平穏と引き換えに、失うものがなんかデカい気がしてならない。ほんの少しの戸惑いと、ほんの少しの気付き。


 駅の階段を降りる片倉律子。学園の妖精さん。俺は人の波に飲まれそうな彼女の手を思わず引いた。


「ごめん、急に」

 手首を握ったことを謝ったが問題はそこじゃない。


「片倉さん、熱あるよね。それもすごく」

 小さくうなづく横顔。駅から学園までは急な坂を登らないと辿り着けない。俺は惜しみながらも、自分のささやかな日常の平穏を手放すことにした。


【作者より】

 需要調査のための試みの投稿です。

 3話投稿し需要見込みがあるようなら、続きを執筆します。

 目安は3話☆50個です。達成しないようなら3話打ち切りです。

 達成しましたら4話目を12月29日より投稿します。週5話ペースとなります。ご協力よろしくお願いします。





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