『おしえて! ドーシン博士』はどこですか

新名 真

件名:自分にはもう必要ないので

(録音開始)


あーあー。これちゃんと音声入ってるよな。

今から録音するのは、俺があいつの家に行って話を聞いてくる内容。どうなるか何も分かんないけど、詳しい人が聞いたらあいつが言ってたドーシン博士とかいう番組に繋がるかもしれないだろ。

俺、あいつにまだ借りパクされた漫画返してもらってないし。あいつと今度フェス行くって約束したし。よく分かんない番組のせいで全部壊されてたまるかよ。

祐二祐二っていつも俺のこと呼びまくって遊んでくれてたんだぞ。俺みたいな社会不適合者の不良だった奴にも優しいやつ他にいねえよ。



……よし、やるぞ。


(インターホンの音)


こんにちは、柳沢って言います。今日龍斗くんに会い来たんですけど。はい。それでも大丈夫です。はい!


インターホンからの音は多分入ってないな。なんか部屋から出てこないからリビングで待ってもらうかも、みたいな話だった。あの声の人誰だろ、兄貴かな。俺会ったことないんだよな。


(ドアの開く音)


「声は掛けたんだけど、出るまで待ってもらうって感じでも(ノイズ)丈夫かな? 」


全然大丈夫です! お邪魔します。


(雑音)


「あ、どうぞ座ってください」


あざっす。失礼します。


「記事を読んでわざわざ来てくれたんだね。ありがとう。そういう取材を受けたとか、全然言ってくれないから悲しいよ。

そういう時期も成長のためには必要なんだけどね」


えっと、龍斗の友達の柳沢です。大学は違うんですけど、高校が一緒で。


「……お友達なんだね。交友関係とか分からなくてごめんよ。

こういう(ノイズ)だから部屋降りてきてくれないのかもしれないなあ」


いや、そんなお兄さんのせいじゃ無いと思いますよ。多分記事がきっかけなんで。あ、これですその記事。


「記事が出たのは、うん、三ヶ月ほど前。部屋から出なくなったのが確か五ヶ月前とかだったから、取材のすぐ後くらいなのかもね。

こっちも母親が聞いたりしてるんだけど、


『誰かと居たらダメになる。一人じゃなきゃ』


この一点張り。あまりにも意志が固いからどうしようもない。大学も休学中だけど、このままじゃ退学になるんじゃないかな。あんなに(ノイズ)そうに行ってたのに何があったんだろうね」


やっぱりそんな感じなんですね。えっと、この記事で話してる番組が多分原因なんですよ。このデカデカと書かれてる文字です。


「……この『おしえて!ドーシン博士』という番組が原因? その記事の内容読んでもいいかな? 」


あ、もちろんです


(しばらく無言)


「なるほど。その番組がきっかけでパニックになって引きこもりになってしまった、と柳沢くんは考えているんだね。

にわかには信じられないなあ。…………いや、番組がきっかけだなんて、そんな理由困るよ……どう説明すればいいんだ。

いや、これを君に言うのも筋違いか。ごめんね、ちょっ(ノイズ)らんしてるみたいで」


いや、俺も最初は信じてなかったんですけど。なんかどんどんそうとしか思えなくて。

……なんかすみません。


「あ、そうそうお茶とか出してなかったね。自分としたことがついうっかり。お友達が訪ねてくるの初めてなんだ。大学にもいるらしいけどSNSでしか連絡してないみたいでさ」


大丈夫です。別にあいつの顔が見れたらいいな、くらいの気持ちで来たんで。


「そっか。気が利かなくてほんと(ノイズ)うね。ところでどうしてこの記事を? 」


あのー、ドーシン博士の正体を探してるんです。


「ドーシン博士の正体を? 君もその番組を見たのかな? 」


そういう訳じゃないんですけど。俺、あいつと小中高と一緒で。その番組のこと一回だけ聞いたことあるんですよ、でもその時茶化しちゃって。その時にもっとちゃんと聞いとけば、今こんなことにならなかったのかなって思っちゃうんですよね。


「……学校で番組の話をしていたんだ。まあ、その歳頃はなんでもお友達に話したくなるよね。体調不良のときに不思議な体験をするだなんてよくある話なんだから、気に病まないで」


それでも、あいつは俺の大事な友達なんで。できることは少ないけど、それでもやれることやりたいんです。


「責任感が強いんだね。いいんだよ、君は気にしなくて。だって番組見てないんだろう? 君には関係がない話だ。見ない限りは存在しないんだよ」


いや、そうですけど。それでも俺はあいつの友達として知らなきゃならないんです。


「…………優しい人なんだね。いいよ、何か言ってきたり新しい情報があったら連絡してあげよう。電話番号教えてもらっ(ノイズ)かな?」


あ、電話番号。珍しいっすね。

‪(本人からの希望で削除)です。


「ありがとうね。……この後予定があるから帰ってもらってもいいかな。もしこの後降りてきたらすぐ連絡するからさ」


そうですよね! うわ、本当急に押しかけちゃってすみません。


「いえいえ、じ(ノイズ)かんまで送るよ」


ありがとうございます。久しぶりに家来たけど変わりませんね。ほら、ここに飾ってある家族写真とか……


「どうかしたのかな?」


いや、あー、そう! 懐かしすぎて感傷浸ってました! 本当久しぶりにこの家来たなみたいな感じで! それじゃあ、失礼します!


「また来たくなったら来てね。柳沢祐二くん」


(ドアが閉まる音)



(走る音と荒い呼吸音がしばらく続く)


はー。うっわ、お茶もらわなくてよかった。俺吐きたくねえし。

……え、これ通報すべき? ガチであれマジで誰? 写真に兄貴写ってたけどイメチェンにしてはおかしすぎるだろ。ツリ目はタレ目にならないって。

うわー、電話番号変更するべきか? 携帯ショップ行けば変えれるのかもわっかんねえ。




(着信音)


……もしもし? 龍斗?


『来てくれたんだろ。出れなくてごめん』


いや、それは全然いいけど。お前大丈夫なのかよ。


『部屋から出ない限りは何ともないから』


いやそれ大丈夫って言わないから。てかあの眼鏡誰だよ、通報しなくていいやつ?


『やっぱりまだ居るんだ。気にしなくていいよ、どうせ人間じゃないし』


は? どういうこと?


『10年経って姿が何も変わらない、瞬きすらしないのを人間とは呼ばないだろ』


う、わ……確かに瞬きした所見てないわ。


『もう来ない方がいいよ。俺も出ないことにしたから。直接会わなければご飯くれる存在に変わりないし』


……なにかあれば言えよ。


『うん、ありが(ノイズ)ゃあね、柳沢くん。もう来ないでよ』


(通話終了の音)




…………あー、そっか。駄目か。


(録音終了)

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