華を宿す君へ

瑞ノ星

災いと世界

遠い、遠い昔の話。

生物を蝕む毒の霧が、世界中に広がった。


花や草木、生命は散っていき、その黒い霧は瞬く間に世界を汚染した。しかしそんな世界でも懸命に生きようと足掻く二人が居た。


人間の少女“苗”と、異形の怪物“先生“だ。


苗には不思議な能力があった。

自分の命を代償に、浄化の花を咲かせるというものだ。


先生と呼ばれる怪物は、苗の体調管理をし、苗は毒で侵された世界に少しずつ花を咲かせている。苗にとってその先生は、家族のようなものだった。


何も知らない苗に、先生は沢山の言葉や知識を与えた。世界に何が起きているかは教えなかったが、苗は無意識下で理解していた。苗はこの枯れ果てた世界で、自分が”人間”という生き物で、先生は“化物”だということを知っていた。


しかし苗には沢山の疑問ができた。何故先生は怪物という括りなのか。何故自分は花を咲かせる力があるのか。自分の他にも人間と呼ばれる者がいるかもしれない。苗は探しに行こうと先生に提案する。

何度頼んでも、先生は首を横に振るのみだった。


年月が過ぎ、苗が体調を崩す日が続いた。

先生は、手当り次第に毒を浄化していた事が原因だろうと、苗に伝えた。毒を浄化できるとはいえ、苗自身に毒の耐性ができるという話では無い。

微量でも、その毒は浄化の度に身体を蝕む。命を枯らす毒である事には変わりないのだと、苗は分かっている。次第に苗の両足は毒で壊死していき、長時間の歩行が困難になった。


それでも苗は、どうしても世界を知りたかった。

その日から苗は、先生に何も言わず家を飛び出し、何度も命を削って花を咲かせ続けた。


毒を浄化した花を通じて、何かが分かる気がしたから。


毎日花を咲かせては、毒で更に壊死していく両足を引きずって、這う様に行動した。そうしていくうちに、苗は歩くことができなくなっていった。腐敗して爛れた脚に、また包帯を巻く量が増えていく。

血と毒で痛々しい。当の本人は何でもないというように笑うので、先生は苗の為に、何も知らない振りをしていた。


…数ヶ月が経つ頃


花を通じて、大地と話す事ができるようになった苗は知った。この毒の霧に意思がある事。自分が何故こんな力を持っているのか、今世界はどんな状態なのか、その全てを。


(世界を救うのは、自分しかいない。)


深くなる霧の中。

苗は最後の花を咲かせ、気を失った。

帰ってこない苗に、嫌な予感がしていた先生は、家を飛び出す。先生は倒れている苗を見つけ、苗の体を起こすと、どうしてこんなにも無理をするのかと問い詰める。


間を置いて苗は答えた。

「なら、先生の正体を教えて。」


苗は花を通じて、先生も毒の霧と同じ存在だと知った。返答を待つ苗は、その答えの否定を求めている。この世界の全てを知ったからこそ、先生がそれと同じでは無い事を信じたいのだ。


先生は苗の変化に戸惑い、恐れた。自分の正体を知られる事が怖かったからだ。先生は苗をゆっくり自分の前に座らせる。目線を落とし、震えながら、今まで溜め込んできた物を吐き出すように語った。


否定を求めた苗は、現実を突きつけられ絶望した。

あんなにも言じていた先生は、“世界を殺した災い”だと言う事に。


全てを語った後、先生は最後にずっと隠していた本心を零した。


『死にたくない』


苗が聞いたそれは、人間である苗と何も変わらない、当たり前のような感情だった。先生の正体が分かった苗は、自分が何をするべきなのかを考えていた。

考えた末、苗は自分の能力で、世界を救う決断をした。世界を救う為には、毒の核を浄化しなければならない。それは、


(原因である先生を“浄化"しなければならないということ。)


大地の声は、確かに苗に届いている。

それは、苗にとって、あまりにも残酷な選択だった。


世界の全部を浄化したら、自分はどうなってしまうだろう。自分のせいで先生が死んでしまったら…自分は一体どうすればいいのだろうか。


大地の声に、苗は葛藤する。


苗は、覚悟を決めた目で先生を見た。



長い沈黙の後。先生は苗の真っ直ぐな目を見た。

恐怖で震えていた体は、いつの間にか止まっていた。


『全ての生物が生きていける世界を見たい』


それは先生の切望だった。

先生は自分の心臓の位置に、苗の小さな手を置くと、静かに目を閉じた。そして、自身の名を苗に告げた。


『僕の本当の名前は…ボロカ。』


苗は頷き、その言葉を胸にして力を込める。その瞬間、手を置いた箇所から勢いよく花が咲き乱れた。


内側から次々と咲いていく花が、先生の肌を、服を、突く様に埋めていく。


きっとそれは想像もつかない程の激痛なのだろう。

彼の表情は人間のそれと同じだった。


目の前で花に埋もれていく先生を見て、感情がゆるりと闇に飲み込まれていく。苗は酷く取り乱した。


苗にとって先生は、世界でただ一人の家族だ。

人間じゃ無くても、世界の敵でも、今ここでしている事は、


…愛する人を、自らの手で殺す行為だ。


先生の体が殆ど花に包まれると、濃く張り付いていた霧が晴れていく。周囲に緑が出始めた頃、苗の体には息付く間もなく代償が広がった。


体は腐り、手足が朽ち、生きたまま花のように枯れるような、名状し難い激痛に泣き叫ぶ。


ふと…痛みが消えた。


見知った手が、花の隙間から伸びる。


その手は苗の涙を拭き取ると、次に頭上に触れる。

苗がその手に縋った時、既にそれは、美しい”華"になっていた。



__苗は目を覚ます。

髪から美しい華が零れ落ちた。

周囲には草原と、色鮮やかな花が咲いている。体の痛みは無くなっていたが、手足は醜く爛れていた。ふと苗は違和感に気づく。胸に手を当てると、それは確言に変わった。まるで自分の中に花が咲いている感覚だ。


苗はこの感覚を覚えている。先生の魂は、確かにここにあった。


怪物になった苗は歩き出す。

苗には不思議な力と、枯れない華の心臓がある。

時間なら沢山あるのだ。



__緑溢れる森の中。苗の胸には願いがあった。

それは彼の切望でもある。


かつての苗はほんの少しだけ大人になり、各地に残った毒の霧を浄化する、小さな神として旅に出た。


近い未来、新たな災いが起きる。

それまで苗は旅を続けるだろう。


次に出会う者が、苗にどんな変化を与えるのか…

それはまだ、誰にも分からない。

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