世、妖(あやかし)おらず ー瞥見(べっけん)の戸ー
銀満ノ錦平
瞥見(べっけん)の戸
戸が開いた。
誰も居らず、私だけの家の戸が…勝手に開いた。
開いた戸の隙間からは、1つの目が私を見つめてくる。
そんな大きい瞳で何故戸を全部開けず、そんな微かに開いている隙間から私を覗くのか。
人で無いのは、確定しているとして、他の生物にも中々当てはめることが出来ない程の大きさの瞳である。
この家にそんな非現実な生物が住んでいるとは思ない…何しろ、私はこの家が建って数十年共に過ごしているのだから、もしそんな巨大な目なんかが現れようなら、私はきっと騒ぐと思われるし、そんな不気味な存在をこの家に置いておこうなどと、思う筈も無い。
なら…あの大きな目は一体何者であろうか…。
何もわからない。
正体が掴めない。
ただ、大きい目がほんの小さい隙間から覗いているというのが今私の瞳が可視化している事実だ。
目玉はいつも深夜の12時、私が寝室に入り、布団に入る頃に現れる。
目を瞑った瞬間、戸がスッ…と開き大きく綺麗な輝くゼニスブルーの瞳を宿している目玉が私を覗きに来る。
深夜なのにその瞳の輝きでその瞬間だけ寝室に青い光が入り込む。
眩しさより神々しさが上回る程の輝きに恐れよりも、仏に向かい丁寧に正座をしながら真心を込めて拝むかの様に私は寝込みの姿でその輝く瞳を見つめる。
正体は分からない、現実か虚構かも判断ができない…。
だが…それでも私はあの瞳に見つめられるだけで落ち着いてしまうのだ。
人としてその感情が常軌を逸している事は理解しているが、それでもこの青の輝きを恐れる事が無礼極まりない気がしてして、どうも怯える行為さえ失礼に思えてしまう…。
だが…それでも大きな目玉がこの家を彷徨いているのか…それとも外部から態々私を見に来ているだけなのか…どちらにしても私を対象にしているということは選ばれいる事実に、喜べばいいのか恐ろしく震えればいいのかという感情が思考を渦巻く。
だが、どうでもいい…。
私はこのまま、寝る生活しか出来ない程弱っている。
医者も身内も言ってる事は慰めにもならない励ましをされても耳がただの騒音として通り過ぎていく。
意味の無い言葉より、不気味だろうが神聖だろうが、今私を見続けているこの瞳のほうがよっぽど私を見てくれている。
私が本当の自分を見せることが出来る場所は寝室だけだ。
動く私は、動く私を演じなければこの痛みに耐えて生活する事など出来ない。
薬を飲み、マッサージをし、メンタルケアを受け、家族に様々な裏がある癖に恰も本気の心配を掛けている姿を見せる身内共…。
嫌いだ。
人間なんか…大嫌いだ。
言葉の裏なんかとっくに読み取ってる。
早く死ねばいい…。
お金を早く渡せ…。
此方は仕事とはいえお前の我儘に付き合うのは嫌なんだ。
お金をもらったなきゃお前みたいなやつ態々家まで出向いてお世話なんかするか…。
言葉はおべっか装っても、声質の微妙な変化や顔の表情で読み取れてしまう。
それに比べこの得体の知れない瞳は…ただ見てくれている。
そこに表も裏もない。
しかも少し戸を開いて…って所がより謙虚さを出してて好感が持てる。
ならば…最期を看取ってもくれるだろう。
そう私は感じ取っている。
今日は…余計に身体が痛いし重い。
多分、おそらく…今日が峠なのだろう。
だが…誰にも連絡してたまるか。
私を看取ってくれるのはこの瞳だけだ。
私は、寝室で痛みと苦しみに息が荒くなる。
心臓の動きもおかしい。
そろそろ…そろそろ死ぬ…。
せめて…せめて最後に…あの瞳に見られて息を引き取りたい…。
私は血走った目で寝室の戸を眺める。
戸は閉まっている。
もう駄目だ…私の視界は暗くなっていく。
すると瞳に光が差し込んだ。
あの青く綺麗な光だ…。
あの瞳が…戸を全部開いて私を覗いていた。
1つ目だった。
いや…正確には1つ目の顔をしていた。
身体は…見えなかった。
ただそいつは…ずっと私を見届けていた。
何をしたかったのか…目的が分からないまま…私は…息を引き取った。
世、妖(あやかし)おらず ー瞥見(べっけん)の戸ー 銀満ノ錦平 @ginnmani
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