その翡翠き彷徨い【第83話 天麗】

七海ポルカ

第1話




 ふわ~~~~と大欠伸が出る。



「おはよー オルハ」


「おはようございます。アミア様。朝の支度出来ていますわ。早速召し上がりますか?」


 絵に描いたような美味しそうな朝食に、アミアカルバは眠かった目が一気に覚めた。


「食べる食べる! わぁ 美味しそう!」


 子供みたいに駆けて来て席に座ったアミアカルバに、くすくすとオルハは笑いながら、紅茶を淹れ始めた。


「ごめんね、オルハ。今更あなたにこんな、従者みたいなことさせちゃって……」

「まあ。突然どうなさったのですか?」

「だって私はもう女王じゃないのよ。人に傅かれる立場ではない。

 それは分かってるんだけど、普通の暮らし、ちゃんとして行かなくては……」


「アミア様」


 オルハは食卓にやって来て、紅茶を淹れると座った。


「わたしは今、貴方に傅いているのではありませんわ。

 友人として同じ苦境に在る中、協力し合っていると思っています。

 別にそれはおかしいことではないでしょう?」


「オルハ~~~~~~~~!」


 じわわ、とアミアカルバは本当に涙ぐんだ。


「あんたってばなんて相変わらずいい子なの!

 うちにはうんともすんとも言わない一日中彫像みたいな義弟と、好きな男を追って出て行ったら平気で数週間連絡なしになる親不孝者の一人娘しかいないんだもん!

 嫌になるわよ!

 もういいわ! わたし、オルハん家の子になる!

 いいっしょ! 家の手伝いちゃんとするから私を養子にして!」


 オルハが声を出して笑っている。

 焼いたばかりのパンの半分に、たっぷりのジャムを乗せ、もう半分に湯気の立つ目玉焼きを乗せる。

 瑞々しい野菜に味をつけた魚介に火を通して、あえたサラダ。

 色とりどりの果物を一口サイズに盛り合わせたデザート。


 幸せで温かな空気に満ちた、朝食が始まる。


「ほーんとオルハって料理上手わねえ」


「本当ですか? 嬉しいです」

「本当よ。ずっとサンゴール王宮で飯食って来たけど、オルハが作ってくれる食事が、一番好き!」

「なんだか、アミア様とこうして朝食を一緒にいただくなんて不思議な感じですね」

「ほんとよね」

「学生時代に戻ったようですわ」

 王立アカデミーの学友同士の二人は笑い合った。


「それで……どうなの? キースとは話せた?」


「はい。明確には答えていただけませんでしたが、悩んでおられるご様子でした。

 ウリエル様のことは、心配なさっておられるようです」


 はぁー、とアミアは溜め息をついた。


「まったく……相変わらず堅物ねえ。けど、昔みたいに勿論行くでござるって言わなくなっただけ、マシよ。 

 貴方を残して先に死んで、エドアルトを育てるの任せっぱなしにしたこと、相当反省しているようね。いい傾向だわ。


 いい? オルハ。

 あんたは心が優しいから、天界セフィラから追放されそうになってる【ウリエル】にも同情しているようだし、

 あんたは私に比べたら信仰心凄まじいから天界セフィラのなさることならば従わなければとも思うかもしれないけどそんなことないんだからね!

 あいつら天使とか言っててもちょっと魔力が異界仕込みで強力な単なる元人間なんだから! 神や天使のように敬わってはだめよ!」


「俺もそう思うなー」


「そうでしょ⁉ 貴方自身どうしようかと悩んでるから、キースについて行こうとか思っちゃダメよ!

 知ってるでしょ! あの人は昔から弱い方につくという悪しき習性があるのよ!

 あんたがちゃんと手綱を握ってやんないと、か弱い乙女が天界セフィラと一戦交えるなんてなんと哀れなとか言ってついてっちゃって戦死しちゃうわよ!

 あっ! 今そういうところも好きなんですわみたいな顔したわねあんた!

 オルハ! こら! 折角第二の生で家族そろったのにまた一人欠けてもいいわけ⁉」


 オルハが慌てて首を振った。


「だったらきちんと、今度の生では添い遂げたいという自分の考えを伝えなさい。

 いい⁉ 二者択一じゃないの!

 ウリエルは【天界セフィラ】の連中のごたごたとは私たちは関わらせないようにしようって気持ちがあるんでしょ? だったらわざわざ戦火に巻き込まれたりしたらダメよ!

 ウリエルか、天界セフィラか、二者択一じゃないということちゃんとキースに伝えるの。 いい⁉」


「はい。わかりました、アミア様」


 睨みを利かせたアミアカルバにもう一度慌ててオルハが首を縦に振る。

「ほんとかなぁ~~~」

 アミアカルバが疑いの眼差しで友を見る。


「アミア様は、本当によろしいのですか?」

「よろしいって?」

「アミア様だってウリエル様のこと、気にしていらっしゃったでしょう」

 さくさくとパンを食べながら、行儀悪くアミアカルバはテーブルに頬杖をついた。


「そんなことないわよ。私はもう割り切ってる。

 まあ蘇らせてもらった恩はあるけど、向こうだって仕事みたいなもんだったんだからそんな気にしないでいいんじゃない?

【天界セフィラ】の連中は胡散臭いけど、いずれエデン天災が起きる前みたいに【地上エデン】と天界は接触できなくなるなら、このまま無視しておくのもありかなって。

 だってあの連中にはリュティスの【魔眼まがん】すら効かないのよ?

 それくらい格の違う魔力の濃い世界で生きてるんだもん。

 あいつらはあいつらで【天界セフィラ】だけで権力闘争とか魔物狩りとかしてりゃいいのよ。

 私は寿命が80歳に戻ろうが、やっぱエデンでいいわ。

 例えサンゴール王国がなくても、女王でなくても構わない。

 もう一度人間として地上で生きる。

 ウリエルもそれでいいって言ってくれてんだからいいのよ。

 各々がちゃんと自分の人生を考えて選択するの。

キースもね。

 誰かが可哀想だから加勢するとかいう人生はもうやめなさいって私からも叱っとくから。

 オルハもちゃんと今度こそ一緒に暮らしたい、って伝えるのよ」


「はい。でも……」

「なによ。でもって……ちょっとそこのサラダ皿取ってくれる?」

「ほら」

「ありがとう。なによオルハ」


「……あの方は、根っからの武人です。

 騎士であり、戦いの中で名誉と、地位を勝ち取って来た方ですわ」


「知ってるわよ。だから何よ」

 

「その……私の夫として暮らすなど……退屈に思われるのではないでしょうか。

 あの方はもっと、高い志のために生きたいと思われるのではないかと……」


 不安そうにそう言ったオルハに、アミアカルバの目がつり上がる。


 彼女はバン! とテーブルを叩いて立ち上がった。


「うわ! びっくりした。おいスープ零れたぞ」

「あ、ごめんごめん」


 隣から聞こえた文句に謝ってから、オルハに向き直る。


「何を言ってんのよオルハ! 

 あんたとエドアルトと生きる……第一の生で奪われた幸せを取り戻すことが、平凡だとか退屈だとか思う男なら、私がキースをぶん殴ってあげるわよ!」


「アミア様」


「こんな美味しいご飯毎日食べれて、あんたの優しい顔を見ながら明日は何しようとかこうしようとか、そんな風に二人で話し合って、時間があったら一緒に手ェ繋いで散歩したり、市場に買い物行ったり、一緒に料理作ったり畑仕事したり……そんな生活が素晴らしいと思えない馬鹿野郎なら、私がぶっ飛ばしてあげるわよ!」


 アミアカルバの剣幕は本物だった。

 怒声には女王の覇気が宿る。


 オルハは驚いたように目を見開いて、背を伸ばしアミアカルバの叱責を聞いていたが、不意に、ぼろと涙が零れた。


 今度はアミアカルバが慌てる。


「わあ! ヤダヤダ! オルハごめん! 私の顔そんなに怖かった⁉ 

 ごめんごめん!」


 椅子を持ち上げて、料理そっちのけでオルハの側にアミアカルバは飛んでいく。

 そこに座った。


「ごめんオルハ、ついきつく言っちゃって……貴方を怒ったんじゃないの。キースに言いたかったのよ。そう。そうね、キースに直接言うべきだった。ごめん……泣かないでオルハ」


 テーブルのタオルを使って、オルハの涙を一生懸命に止めようとする。

 アミアカルバは優しく、友の背を撫でた。

 

 オルハは首を振る。

「……ちがうんです……ごめんなさい……おどろいて」

「ごめん~~~!」

 もう一度大きく首を振った。

「嬉しかったんです、アミア様」

「へっ?」

「そんな風に言っていただけて……この前、キース様とお話しした時に、自信がなくて。一緒に暮らしていただけませんかと言えなかったから」

「そうなの?」

 オルハは驚いた。


「言えば良かったのよ! ……オルハってばほんと、エドを女手一つであんなに立派に育てたお母さんになったと思ったら……キースの前では学生時代、会った時のままなのね」


 目を丸くしたアミアカルバだったが、すぐに優しい顔でオルハの頭を撫でた。

「……仕方ないかぁ……。

 まともに家族で暮らすことも出来ないまま死に別れちゃったんだもんね……」

「あまり気にはしてなかったのですが……」

「……。ね、オルハ。でも尚更、絶対貴方の考え、気持ちをキースに伝えなきゃ。

 ねぇ聞いて」


 アミアカルバはオルハの柔らかい手を握り、真っ直ぐに目を見つめた。


「貴方はキースを素晴らしい戦士で、英雄だと思ってるかもしれないけど、キースは決して、戦闘狂ってわけじゃないのよ。それは分かるでしょう? あの人はアリステア時代だって、望めばどんな役職にもつけたのよ。

 軍務大臣にもなれたし、騎士団長にもなれた。

 戦がしたいのなら、一軍を預かる将軍にもなれたわ。

 でもあの人が選んだのは王宮警護の近衛隊長よ。

 

 貴方はリュティスを知ってるわね。オルハ。


 血を好む男は珍しくないけど、リュティスは血の宿業から戦うことを求める男だった。

 そのどっちともキースは違うわ。


 貴方とどこか穏やかな街にでも家を持って、その街が危機に晒された時、守る為に剣を取る、警護団のような仕事だって喜んでやるひとよ。

 畑仕事だって似合うわよ。

 生前は貴方に戦う姿ばっかり見せてたけど、私は小さい頃からの守り役だったから分かるの。

 あの人はささやかな幸せだって、平穏だって愛せる男よ。

 キースが今剣を取ってるのは、平穏な暮らしに戻れなくてじゃない。

 ひたすら自らを蘇らせたウリエルに対しての恩義と、【天界セフィラ】から追放されそうになってる境遇を哀れと思ってのこと。


 貴方が心の底から一緒に生きて欲しいと願えば、キースは絶対に頷いてくれる。

 キースをちゃんと、ただの夫に戻してあげてよ。

 あの人だって、貴方が自分のことを英雄として憧れていたことくらい知ってる。

 そうあって欲しいと願っているかもしれないなんて思ってるかもしれないんだから。


 キースだって第一の生で早世し、貴方とエドを守り切れなかったという悔いがある。

 だから自分は、今更貴方の許に戻ることなど許されないと思っている可能性すらあるわ」


 これにはオルハが驚いた。


「そんな! そんなことありません。

 私はキース様のように、弱きものの為に強くなれる人になって欲しいと思ってエディを教え、育てました。あの方は死んでも尚、私とエドアルトの道しるべでいてくれたのです。

 私達をいつも光となって照らして下さっていました」


 ぺしっ! とオルハの額を軽くアミアカルバは叩いた。

「だーかーら! わたしに告ってどーすんのよ! オルハってば」

「あ……」

「そういうことを、ちゃんとキースに伝えなさいよ」


 オルハは理解したようだった。


「オルハがちゃんと話せば、キースは絶対に分かってくれる。

 貴方は今、キースを自分の光だって言ったけど……私にとってはキースも貴方も同じ光よ。

 二人がいなかったら、きっと死んでたわ。

 そして私がいなかったらリュティスがサンゴールの王位について、きっと【エデン天災】前にリュティスをバカどもがイラつかせた案件でどっかん滅亡してたわよ!

 つまり、あんたとキースはサンゴール王国を長い間救っていたわけ」


 無茶苦茶な理論を言ったアミアカルバに、オルハは笑ってはいけないと思いながらも吹き出してしまった。

「そんなことありません。サンゴール王国が長く平穏でいたのは全てアミア様が頑張られたからですわ」

「私が頑張るためには、貴方という存在が必要だったのよ」


 アミアカルバはオルハにとっては懐かしい、太陽のような気配で笑った。


「あんたたちはどこからどー見てもお似合いよ!

 自信持って、さっさとキースを【天界セフィラ】と【ウリエル】から引き剥がしてちょうだい。

 頷くとは思ってるけど、万が一キースが君の許には戻れぬなんてカッコつけて逆らった場合は、わたしと姉さんで拳骨かましに行ってやるわ!

 姉さんはウリエルから離れることには賛同してくれているの。

 心強いでしょ」


「そうなのですか?」


「姉さんも昔から、物騒な剣の腕を持ってる割りには根本は平和主義だもの。

 キースと姉さんもちょっと似てるわよね。

 それに、姉さんは神様は嫌いなのよ」


「なんでだ?」


「昔は退屈な礼拝から逃げ回る私をふんじばって引きずっていくほど信心深かったんだけどねえ。

 ……エルバト王が誅殺されて、悪い魔術師どもが国権を握って暴走して行った。

 それを止められなかった時、姉さんは自分の運命を呪ったのよ。

 あの人は自分では平和を願っているけど、何故か争いの方へ運命が巻き込まれて行ってしまう所があったわ。

 まあ、その争いごとをよく巻き起こしてた私にだけは言われたくないでしょうけど。

 そういう意味では、リュティスに似てるかもしれないわね。

 ただリュティスと違って、姉さんは運命を選べた。

 結婚は政略結婚だったけど、エルバト王をちゃんと愛せたみたいだわ。

 

 愛した人はね、光になるの。


 貴方にとってのキースのように、姉さんにとっても旦那がきっと光になったんだわ。

 自分の人生においての。


 でも、運命の神はそれも姉さんから取り上げた。


 姉さんが、最後までエルバト王宮に残っていたのはそれが理由……。

 あの愚かなデュマとかいう魔術師の言いなりになったわけじゃない。

 亡きエルバト王の為に、国を最後まで見届けようとしたの」


「ふーん……」


「なんとなく、分かるような気がします。

 わたくしは力がなく、祈ることしか出来ませんでしたが、エヴァリス様は力を持っていらっしゃる方です。力ある者は運命に攻撃された時、立ち向かおうとするのかもしれません」


「そうね。私もそう思うわ」


「そうですか……エヴァリス様もそのようにお考えなのですか」


「別に何かしたいことがあるってわけじゃないけど、私が離れるならば、共に離れると言ってくれたわ。『貴方と戦うと面倒臭いから、二度とごめんよ』だってさ。失礼しちゃうわよねえ。私がどう面倒臭いって言うのよ」


 くすくすと笑って、やがてオルハは頷いた。


「……アミア様……ありがとうございます。

 わたし、正直にキース様にお話ししてみようと思います。

 もう二度と、戦で貴方を失いたくないと。


 ……今度は一緒に生きていきたいということを」


 アミアカルバは微笑んだ。

 わしわしと無遠慮にオルハの髪を掻き混ぜる。

 それは、学生時代からのアミアカルバのよくする仕草だった。


「うん! それでいいわ! さぁ、折角の美味しい食事が途中よ! 食べましょう!」

 

 にっこり笑ってアミアカルバは椅子ごと席へ戻る。


「それにしても……ウリエル様は本当にどうなさるのでしょう」


「まあねえ。地上に長時間いるとウリエルもどうなるか分からないんでしょ?」


「はい、それは……。とにかく【天界セフィラ】と【地上エデン】は満ちる精霊の濃度があまり違うので、【天界セフィラ】で長く生きた者が地上に移り住むと帯びる魔力が狂い、やがて肉体が朽ちて行くのだとか」


「じゃあわざわざウリエルを討伐しなくてもやがて消える運命なのよね」


「はい。そうだと言われています。けれど、ウリエル様は【天界セフィラ】を見い出した創始の魔術師の一人。様々な秘術を知っているため、その知識がエデンに伝わることは何としてでも阻止したいのだとか」


「……敬虔な神の使徒である貴方の前で神様はあんまり悪く言いたかないけど。

 …………私は【熾天使してんし】も胡散臭いけど【ウリエル】もそこまで尊敬できるかどうかは甚だ疑問よ。

 セフィラの魔術師としての大きな枠組みの中で見ても、

 天界セフィラに反意を示す者という小さい枠組みの中で見てもよ」


「俺もそう思うぜ」


「やっぱり? そうよね……。そもそも【熾天使】や【天界セフィラ】の何にウリエルが疑問を抱いているのか、その部分が明確でないのが気に食わないわ。

 どうする? 本当に年頃の娘の単なる反抗期みたいなのだったら。

 違うって本当に言い切れる?

【熾天使】は天界セフィラの王なのよ。

 高貴なる天界の王と、たかが地上の一国を比べる訳じゃあないけどさ。

 王ってのは、百人いれば百人に賛同されるものじゃないわ。

 ごちゃごちゃ言って来る奴はいつもどの局面でもいるものよ。

 そりゃそうよね。王は誰か一人の味方にはなってやれない。

 一番大切なのは国の安定よ。

 その為には誰かは切り捨てることもある。

 切り捨てられた者は恨みに思うでしょうよ。けど、それで助けられる者もいるの。

 

 ウリエルがこの、切り捨てられた者だったらどうする?


熾天使してんし】は天界セフィラの価値観と精霊法に則り、世界を統治していたら?


 ウリエルが王は全てを完璧にこなすべきなんて、そんな理想論だけ【熾天使】に押し付けていたら、本当に反抗期の小娘の戯言に付き合うことになるわ」


 オルハはその判断はやはりつかないらしく、難しい顔をして安易な相槌を避けた。

 しかし反対側に腰掛け、食後の紅茶を優雅に飲んでいた男は頬杖をつく。


「へぇ、『価値観と精霊法に則り』か。

 サンゴール王国に嫁いだアリステアの王女は魔術観に見放されてると思ってたけど、なかなか気の利く表現をするじゃないか」


「あらそお?」


「うん。確かに【天界セフィラ】における【熾天使】が尊重する価値観と、精霊法はまた少し異なる。

 俺が【ウリエル】を怪しむのも、そこをどうも奴が理解してない節があるからだ。

 しかし【天界セフィラ】という存在自体がそもそも地上に介入する神の傲慢そのものに似ているからな……例えウリエルが【熾天使】に反意を抱いているにしても、地上の人間にはウリエルすら天界における【熾天使】にも似た存在なのに、何故【熾天使】と【ウリエル】が相反し合うのかがよく分からんとこだ」


 アミアカルバは頬杖をついた。


「そう! そうなのよ。私はね、ウリエルが本気であればあるほど、もっとやりようがあるような気がするのよ。

 それに、あのバラキエルとかいう奴が口走ったのが気になるわ。

『熾天使は全てを見通してる』

 って。

 単なる王へのお世辞って感じしなかったのよね」


「すべてってなんだろう?」


「私がウリエルをわざと泳がせているつもりって聞いたら、そういえばあいつ、一瞬変な顔したわね。

 なんて言ってたんだっけ……ウリエルを取り巻く、悪い因縁とか言ってたんだった」


「悪しき因縁か……他には? なんか言ってなかった?」


「色々ぺらぺら言ってたわよ。うるさい小僧だったもの。そうねぇ……それから、真偽は定かではないけど【四大天使】って他に三人いるんでしょ?」


「ミカエル、ガブリエル、ラファエルだ」


「そうそう。なんかガブリエルに比べてウリエルは冷遇されてるみたいなことを言ってたわね……それにいじけてウリエルが【熾天使】に反旗を翻したとかあいつが言うもんだから、家出娘かーっ! っていう私の絶妙な突っ込みが炸裂したわけよ。

 あ~~~~~~~」


 不意に頬杖をついたアミアカルバにオルハが首を傾げる。


「どうなさいました?」


「家出娘って自分で言って思い出しちゃったわ。ミルグレンのこと。

 たかが家出娘、されど家出娘よね……。

 普通家出した娘なんて不良化するものじゃない?

 どこの家出娘が家を飛び出して世界を救う旅をしてると思う?」


「なにか予兆はなかったのですか?」


「不思議なくらい無かったわ。

 けどまあ……今にして思って見れば、ミリーは城飛び出す前、ちょっと不気味に静かだったわね。

 でもこれは完全に今にして思えばよ。

 結局、手のかかる娘でもどこか信じ切っていたのよねー。

 まんまと裏を掻かれたわ。

 それにまさかエドアルトと旅をしてるなんて誰が思う?」


「本当に……。笑ってはいけませんわね。本来ならミリー様の素性が分かり次第、国へお連れするのが正しいのですもの。申し訳ありません」


 申し訳なさそうにオルハは言ったが、アミアカルバは苦笑する。


「そんなことでエドを叱らないでよね。

 きっとうちの爆弾娘が迷惑ばっかり掛けて、無理について行ったに決まってるんだから。

 ミルグレンのことはね、いいのよ。

 驚きなのはエドとメリクが会ってたこと。

 ちらっと聞いただけだけど、偶然なんだって?

 信じられる?

 サンゴール時代、あれだけお互いの子を引き合わせようとして失敗してたのに、大人になって世界放浪の旅で偶然会うなんてどんな確率よ」


「はい。私も本当に驚きました……」


「お互いの素性分からないまま出会ったんでしょ?」

「そう聞きました。エディは不死者と遭遇して戦っている時に通りかかったメリク様に助けてもらったと言っていましたわ。

 そののち、ミリー様がやって来た時に初めてメリク様がサンゴール出身だということを聞かされたそうです。それまではただの旅の吟遊詩人だと思っていたそうで」


「そうなの。ミルグレンが国を出たあとのこと、絶対話してくれないのよね。

 自分のこともメリクのことも。

 いいわよメリクに聞くからって言うと、殺し屋みたいな目をするんだもん。

 でも、エドアルトはちゃんとオルハに話すのね」


「はい。あの子も今は天界に地上にと忙しそうですが、定期的に顔を見せてくれます。

 一緒に食事をしてる時などは、気兼ねなく……」


 アミアカルバは膨れた。


「いいなぁ~~~! エドは素直で礼儀正しくて自慢の息子じゃない! 

 オルハ! うちはもう駄目だわ! 協調性ゼロで天使様にも楯突くことを厭わない義弟とメリク以外の生き物はありんこだと思ってる親不孝な娘しかいない!

 わたしやっぱりオルハの家の子になるわ!

 やってられない!」


「そうなんだよ。お前、サンゴール王国の女王だったんだろ。

 メリクは王族貴族じゃあないのになんでお前の『息子』なんだ?」


「あら。随分と基本的なことを聞く奴がまだいたわね。聞くやつ……が……」


 アミアカルバとオルハがふと、そちらへ目を向ける。


 そこには見たこともない赤毛に揃えたような赤い瞳の男が優雅に座って、

 朝食も好きなものを適当に取りつつ済ませ、今は食後の紅茶を飲んでる所だった。


 アミアカルバはオルハを見た。




「だれコイツ?」




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