スキルを持たない最強冒険者 ―理解する力が世界を壊す―

塩塚 和人

第1話 最底辺の冒険者

水晶球は、沈黙していた。


光るはずのそれは、どれだけ待っても反応を示さず、神官は一度、二度と喉を鳴らしたあと、困ったように言った。


「……スキルは、確認できないな」


その場にいた誰もが、理解した。

スキルなし - それは、この世界で最も明確な烙印だった。


レインは、その言葉を聞いた瞬間のことを、今でもはっきり覚えている。

驚きはなかった。ただ、空白が生まれた。


じゃあ、自分は何を基準に生きる?


答えは出なかった。

だが、考えるのをやめる理由にもならなかった。


冒険者ギルドの扉は、重く、鈍い音を立てて開いた。


酒と鉄と汗の匂い。

視線が一斉に向けられ、すぐに興味を失って逸れる。


「登録希望だな」


受付の女性は事務的に言い、書類に目を落とす。

年齢、出身、そして??適性欄。


「……スキルなし?」


わずかな間が空いた。

その沈黙が、周囲の空気を変える。


「冗談だろ」

「親は止めなかったのか」


誰も声を荒げない。

それが余計に刺さった。


「登録してください」


レインは、言った。

声は低く、震えていない。


受付嬢は彼を見つめ、やがて短く息を吐いた。


「単独行動のみ。ランクはF。

危険な依頼は選べないし、命の保証もしない」


「それで構いません」


即答だった。


最初の依頼は、森の外れのスライム駆除。


剣を握る手に、力を入れすぎない。

足場を確認し、距離を測る。


(速くはない。だが、油断すれば絡め取られる)


半透明の塊が、音もなく近づく。


一歩踏み込み、斜めに斬る。

刃は浅く弾かれ、反撃が来る。


「……っ」


足が滑った。


倒れかけた身体を捨て、横に転がる。

剣を離し、即座に拾い直す。


露出した核。


突き。


スライムは、静かに崩れた。


しばらく、その場から動けなかった。


呼吸が乱れている。

腕が震える。


それでも、立ち上がる。


(足場の確認が遅れた)

(次は、最初に逃げ道を作る)


誰に教えられたわけでもない。

ただ、起きたことを順に並べているだけだ。


ギルドへの報告は簡潔だった。


「一体討伐、確認。……運が良かったわね」


「次は、もっと上手くやります」


受付嬢は一瞬だけ、言葉を失ったように見えた。


夜。


安宿の狭い部屋で、レインは剣を磨いていた。

その横で、紙に短い箇条書きを残す。


・足場

・距離

・焦らない


それだけでいい。


スキルがないなら、

判断を失わなければいい。


彼は剣を置き、灯りを消す。


明日もまた、依頼がある。


最底辺の冒険者として、

一つずつ、生き延びるために。

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