筋肉陰陽師の不本意レベルアップ生活
恋狸
第1話 落ちこぼれ陰陽師は足掻きたい
「ぬぐぐぐ──《霊波》ァ!!」
ぽふん、という何とも気の抜けた音ともに俺の手のひらから薄青い光が飛び出る。
「……ぐぁ?」
ぽよぽよと光は吸い込まれるように緑色の肌をした異形の怪物──最下級霊獣である【
「……ですよね。……あっ、ちょ痛い痛い!!」
手に持った棍棒で俺をボコボコに殴ってくる雑鬼に涙目でやめるように懇願する俺だが、人類に対して敵対してる霊獣とかいうろくに知能のない化け物がやめてくれるわけがない。
「お前がその気なら俺だって物理攻撃してやるんだからな!! 喰らえ、水霜流奥義──水龍拳!!」
業を煮やした俺は、弱すぎて破門されたかつて通っていた道場の奥義を打ち放つ。
流れる水のように相手の攻撃を躱して……あっ、痛い痛いって……相手の攻撃の方向を逸らしながら……ちょ、急所は無しじゃないですかね……拳を撃つ!!!
「ぐぇっ!!」
「ふぅ……何とか倒したか……」
顔面にぶち当たった俺の拳は効果抜群だったようで、雑鬼はこんな雑魚にやられるなんて……という屈辱的な悔し顔を披露した後に煙となって消えた。
──これが俺、落ちこぼれ陰陽師である
「俺だって波ァァ!!! とか言って激強霊獣を消し炭にしたいんだけどな……」
☆☆☆
起源は定かではないが、この世界では【霊獣】と呼ばれる人類に仇をなす化物が跋扈している。
強さはピンキリで、ちょっと小突けば倒せるような雑魚もいれば、天候すら変えてしまうほど強力無比な力を持った"災害"と呼べる霊獣もいる。
そして霊獣を討伐するには"霊力"という生まれ持った特殊な力を使用する必要があり、霊力を持たない一般人では霊獣に傷一つ付けることもできない。
逆説的に言えば、霊力さえ持っていれば攻撃が通用するということである。
……たとえ風が吹けば吹き飛ぶようなカス霊力の持ち主であっても。
謂わば霊力とは霊獣を打破するための資格のようなもので、一万人に一人程度しか持ち得ない貴重な力なのだ。
そしてその霊力を持って霊獣を討伐する人々を総称して──【陰陽師】と呼ぶ。
霊力を持った人間は陰陽師の統括組織である"陰陽師協会"に入らなければならず、日夜一般ピーポーのために霊獣を討伐してる……というわけだ。
だからこそ陰陽師という存在は一般人から絶大な支持を得ている。
なにせ、自分では傷一つすら付けることのできない怪物を易易と葬る存在なんて尊敬されるに決まっている。
まあ、恐れられたりもしてるっちゃしてるのだが、それよか自分たちの平穏無事を護ってくれるアイドルみたいな扱いをしたほうがいいよね、ってことで持ち上げられてる。
「うわぁぁぁああ!! かっけぇぇ!!! 俺もジェネリックか◯はめ波みたいなビーム、手から出してぇぇ!!」
んでもって当然俺は陰陽師に憧れた。
というか子どもは大体陰陽師に憧れる。
一際その思いが強かった俺は、いつか霊力が目覚めることを期待してボクシングジムに通ったりなんかして夢を見ていた。
一万人に一人だ。
そんな誰しもが持ちうる夢は、打ち砕かれるのが基本。
だがしかし、俺の場合は叶ってしまった。
ある日朝起きると不思議な力が自分に宿っていることに気がついたのだ。
「──勝った!! 俺の時代来たわ!」
あれよあれよと陰陽師協会に入会し、俺は晴れて憧れの陰陽師になることができたのだ。
──俺は理解していなかった。
選ばれし存在である陰陽師にも強さの差はある。
霊獣の強さがピンキリなように、陰陽師の強さだってピンキリだったのだ。
「あっ……西園様の霊力値は1……史上最低値ですね……あの……これでしたら他の職業に就いたほうがマシといいますか。陰陽師協会の事務作業はいかがでしょう? 事務員は大抵何らかの理由で戦線離脱した元陰陽師たちですし、西園様もそちらのほうが──」
「いえ、俺は陰陽師になります。修行すればある程度の霊力の上昇は見込めるんですよね? なら俺は、霊獣に苦しめられる人を修行して助け出します!!!」
「霊力の上昇って基本は元の値の足し算だから意味無──あっ、分かりました。これから苦難が待ち受けるとは思いますが、陰陽師である限りワタシもバックアップするので頑張ってくださいね」
諦観の籠った瞳で事務のお姉さんに見られながら、俺は無事に陰陽師になることができた。霊力は最早無い方がマシレベルのカスらしいけど。
──それから三年。
俺は霊力値が1から成長しないまま、最下級霊獣である雑鬼に苦戦するレベルの落ちこぼれ生活を送っていた。
☆☆☆
「あっれれぇ?? 雑鬼にボコボコにされてたミツルっちじゃ~ん! 霊力成長したぁ? もしかしてぇ──まだ1のまま陰陽師続けてるのぉ?」
ハァハァ、と肩で息をしながら、雑鬼の落とした【霊躯】と呼ばれる……霊力が結晶化した宝石のようなものを拾っていると、不意に曲がり角から甘ったるい声が俺の名前を呼んでいるのを聞いた。
「んぁ?
「ちょっと! 軽々しくあたしの名前を呼ぶな、って毎回言ってるよね!」
「じゃあなんて呼べば良いんだよ。
「っ、も、もっと馴れ馴れしくなってるじゃないの!!」
「──グボァッ!!」
無言で飛んできた霊力の塊にぶち当たった俺は、アスファルトの塀に腰を打ちつけて悶絶した。
くっそ……今時暴力系美少女は流行らないって毎回言ってるのに……。
俺は恨みがましい視線で戎谷を見る。
すると、彼女の黒と金のオッドアイの瞳と視線がかち合う。……相変わらず主人公みたいな特殊な目してんなコイツ……。
ちなみにコイツの名前は
黒髪クソ長ツインテールに、巫女服をまんま黒く染めたみたいな衣装を着ており、見た目だけ見るなら普通にメスガキである。
陰陽師って基本的に数が少ないから結束力が高いのだけど、あまりにも俺が落ちこぼれすぎて皆俺に関わってこようとしない。
しかし、戎谷はそんな中でも珍しく俺に話しかけてくれるうちの一人だ。
いっつもクスクス笑いながら俺をバカにした感じで話してくるけど、陰陽師の友達が少ない俺的には話しかけてくれるだけで有難いので、特段何とも思っていない。
「怒ったら無言で霊波ぶっぱなすのって俺以外にもやってる? 友達失くすからやめることを推奨するぜ俺は」
「あんた以外にやるわけないでしょ!!」
「お、そりゃ光栄なことで」
「そういう意味じゃないから!!」
ふー、ふー、と息を荒くてキッと睨みつけてくる戎谷にニコニコと笑いかけると、なぜかふいっと顔を逸らす戎谷。
まったく……メスガキなのに割と人をバカにするの下手なんだよなコイツ。普段は笑顔振り向きながら全力で人助けするタイプだし。
普通に話すとツンデレみたいな話し方だしな。
陰で落ちこぼれだの恥知らずだの、陰陽師辞めろとか色々言われている俺だが、戎谷は陰口ではなく面と向かってそういうことを言ってくる分、俺的には逆に好感度が高かったりする。
「それにしても、あんたいつまで陰陽師続けてるつもり? 普通いないわよ、陰陽師じゃ食っていけないからってコンビニバイトしてるヤツ」
「いないだろうな。むしろいたら親近感湧いてそいつとは絶対仲良くできる気がする」
「あんたみたいなの二人もいらないわよ。……せめて下級霊獣を安定して狩れれば生活だってできるのに……」
ハァとため息を吐く戎谷。
陰陽師の収入源は、霊獣が倒した後に落とす【霊躯】を陰陽師協会で売っぱらうことである。
最下級霊獣の霊躯は大体三千円くらい。
クソ雑魚の割には高いじゃん、と思うかもしれないが、それでも霊獣は陰陽師にしか倒すことができないという付加価値がある。
そう考えると幾らクソ雑魚な霊獣代表の雑鬼でも三千円は安い。そして、コイツしか倒せない俺は普通に陰陽師では食っていけない。
霊獣は地脈と呼ばれる力の源から生まれる怪物ではあるが、俺が討伐を担当している区域では1日に2体出現すれば多い程度なので日給6000円じゃ暮らせません。
ちなみに下級霊獣の霊躯は20000円である。
差がひっでぇぜ。
「いつも心配してくれてありがとな、戎谷。でも俺、もうちょっとだけ陰陽師やってたいんだよ。憧れはそう簡単に止められねぇからな」
「し、心配なんてしてないわよ!!! あたしはあんたみたいな落ちこぼれが陰陽師を名乗ってるのが許せないだけよ!! ざーこざーこ!!!」
戎谷はそんな捨て台詞を吐いて消えていった。
……高等法術【瞬間移動】で。
「まーじで何で一等級陰陽師の戎谷が俺に構ってくれるのか分からねぇんだよな……」
そんなことを考えながら俺は歩く。
今や便利になったもので、霊獣が出現すると持っている特殊な機器が反応して場所を教えてくれるのだ。
これが鳴るとビクつく陰陽師もいるらしいが、俺の担当区域は雑鬼しか出ないので、最早慣れたもんである。
──ビーッ!! ビーッ!!
「ん? こんな短期間で二体目か。珍しいな」
急いで移動しながら機器を操作した俺は、そこに書いている情報に絶句した。
【《緊急警報》西園光瑠担当区域に上級霊獣の出現を確認。ただちに本部へ支援を要請してください】
筋肉陰陽師の不本意レベルアップ生活 恋狸 @yaera
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