魔女

Wall Gatsby

魔女

その地には、川があった。

背の高さほどのススキが生い茂り、その地帯を覆っていた。

誰もその川の周辺には、近づいていこうとしなかった。しかし、私のみが、例外だった。


そこでは私は漁師だった。いつも通り、長靴を履いていた。ゴム製なのだが、爪先の周りが金属で覆われており、安全に作業できる。足首が曲がりづらく、すこし歩きづらいが、私は、その靴をちょっとだけ、気に入っていた。


何があってもあの女を仕留める必要がある。私は、未だかつて人を殺したことはない。しかし、だからといって人でないものならば、何をしても許されるのだろうか。

でも、そんなことはないだろうか。


私の正面を、川は左から右に向かって、流れていた。どちらの方角に向けて流れている川なのか、それさえ分からない。前方からの太陽の、強い光に目がくらんだ。始まりと終わりのない夢の中で既にその光は、私の意識の存する前から目を貫き、魂を奮い起こしていた。それは私の頭の血液を赤く染めた。そして、辿り着くことのない出口を求め、どこかの世界へと、抜けていった。

茶色い枯れ草―生い茂るススキをかき分けて、私は進む。風に漂う草のカスが私の顔の前を舞い、邪魔をする。不快だ。


私には目的があった。そこには心が無いものの、呼吸はできる。吸うべき空気があった。


私は、勇気を振り絞り、川の向こう岸に目を据えた。

そちら側の世界は、青々と茂る、緑一面の草原だった。渡った川の水をしたたらせながら、魔女は、地平線目指して地獄へ向かっていた。いや、それは天国に行くのかもしれない。

私には、わからない。


それは、人間では無い。当然だ。今までも、これからも、豚を飲みつづけてきた、化け物だ。人の憎しみが、その生きるための、滋養になっている。前方に向かってズルズルと滑りながら、足下を汚していた。魔女の意識は憎しみで満ちあふれているのだ。

「夢の無い終焉はどこだろう」それは、ふとつぶやく。


ささやきに、耳を貸してはいけない。

私はそれが地面に残した、緑色の液体と灰色のカスを目にして、思わず顔をしかめた。


「許せないじゃないか」脳裏に浮かぶその言葉は、風になって吹き払われ、たどり着くよすがを無くして、彷徨い、そして消えていった。

私には憎しみがあるのか? あるとしたら、何に対して?―念じるとともに、心の中で自分にそう問いかけてみる。


しかし、どのような答えも返ってこなかった。

それも当然のことかもしれない。

何かを憎んでいるのか、それさえ私には理解できていなかったのだから。

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