わが青春のボーン君

松本章太郎

第1話

 ペットショップ「ペッコペコ」のある日の夕暮れのことである。

 店内の掃除を終え、ほっと一息ついていた琴音に、店長がやってきて、にこやかに声をかけてきた。

「琴音ちゃん、ちょっとお願いがあるんだ。今度のイベントでね、うちの店のマスコットキャラクターを登場させるんだよ。その着ぐるみ役をやってくれないかな?」

「えっ! 私がですか?」

 琴音の胸はドキンと高鳴った。だって、「マスコットキャラクター」といえばもちろん、あの子しかいない!

 店の人気者で、ポスターやチラシにいつも描かれている、つぶらな瞳の犬の女の子リッキー。小さな子どもたちに大人気で、琴音自身もリッキーのことが大好きである。

「やります!絶対やります!」

 店長は「助かるよ」と軽く肩を叩き、去っていった。


 その夜、琴音は、いつもの友達の三人とファミレスで会っていた。

 早とちり常習犯の沙織、心優しいお姉さんタイプの明美、そしてツッコミ職人の純の三人である。

 琴音は目を輝かせながら宣言した。

「聞いてよみんな!私、ついにリッキーになるんだ!」

「は?」と三人がハモる。

 沙織が勢いよく身を乗り出す。

「えっ、それマジ!?リッキーって、あのフリフリのピンクのワンピース着てる犬のお姫さまよね?琴音が?」

「店長に頼まれたの! イベントでマスコットの着ぐるみをやるんだって!」

「へえっ、それはすごいわね」明美が優しくうなずく。

「琴音ちゃん、ずっとリッキーのこと好きだったものね。夢がかなったって感じ?」

「うん!もう嬉しくて嬉しくて!あのリボンもつけられるし、ふわふわの耳も」

「待った待った!」純が両手を広げた。

「それ、本当にリッキー?他のキャラクターとかいないの?」

「いないよ、うちの店のマスコットといえばリッキーだけだもん!」

「……いや、なんか引っかかるんだよな」

 しかし沙織は琴音の勢いにすっかり飲まれている。

「きゃー!じゃあさ、私イベントの日ぜったい最前列で『リッキーちゃーん!』って叫ぶから!リッキーに手を振られたら、私その場で成仏する!」

 明美はあたたかな微笑みを浮かべている。

「でも、ほんとによかったわね。琴音ちゃん、あんまり自分に自信が持てないっていつも言ってたけど、リッキーならきっと堂々とできるよ」

「そうだよね!」琴音はうんうんとうなずいた。

「リッキーって、みんなを笑顔にする存在だし……私も、少しでもそんな風になれたらいいな」

「うおー、名言きた!」沙織が拍手する。

「そうそう!リッキー琴音伝説の幕開け!雑誌の表紙まっしぐら!」

「どこの雑誌だよ」純はツッコむ。

 ただただ幸せに浮かれる琴音だった。


「琴音ちゃん、今日ね、本店からイベント担当の方が来るから、打ち合わせに同席してくれる?」

「は、はい!」

 いよいよだ、リッキーとしてデビューする日が近づいている。そう思うと胸が高鳴り、足取りまで軽やかになった。

 打ち合わせ室に入ると、そこにはすらっと背の高い若い男性が座っていた。

 清潔感のあるスーツに爽やかな笑顔に、琴音は一瞬、息が止まりそうになる。

「はじめまして。本店イベント企画の桐谷です。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」

 声が裏返ってしまい、思わず耳まで赤くなる。

 桐谷はにこやかに資料を広げ、説明を始めた。

「今回の地域イベントでは、我が社の二大マスコットキャラクターをそろって登場させる予定です。リッキーと、その相棒のボーン君ですね」

 琴音は首をかしげた。ボーン君? そんな名前、今まで聞いたことがない。

 桐谷が用意した資料がテーブルに置かれる。

 そこには、ピンクのワンピースにリボンをつけた可愛らしいリッキー、そしてその隣に、白い骨の形をしたキャラクターがドン!と描かれていた。

 大きな目と笑顔が付いてはいるものの、どう見ても骨でしかない。

「え……これ、ですか?」

「はい。犬と骨、永遠のベストパートナーですからね。で、琴音さんにはボーン君をお願いしたいんです」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 胸の奥で期待していたものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 自分が愛してやまないリッキーではなく、骨になるんだ。明らかにおどけた脇役、引き立て役だ。

「そんなの嫌だ!断りたい!」と琴音は思ったが、目の前の桐谷の笑顔が断りの言葉を飲み込ませてしまった。出会った瞬間から琴音にとって桐谷さんは気になる人になっていたのである。

「よ、よろしくお願いします……」

「ありがとうございます!きっと子どもたちが喜びますよ」と力強く桐谷は言った。


 その日の夜、ファミレスに集まったいつもの三人。

「ボーン君!?」沙織がジュースを噴きそうになった。

「リッキーじゃなくて、骨キャラ!?なにそれ!笑わせにきてるの!?」

「うわー、よりによって……」純が額を押さえた。「まあ、でも逆に目立つね。リッキーの横でド派手に転んだら、一番ウケる」

「ちょっと純!」明美が眉をひそめる。「琴音ちゃん、落ち込んでるのよ。もう少し優しい言い方して」

 琴音はストローを見つめながら小さくつぶやいた。

「で、でも、ボーン君って、どうして私なんだろう。やっぱり、可愛いヒロインは私には似合わないんだよ」

「そんなことない!」明美は即座に手を握った。

「琴音ちゃんは優しいし、みんなのことを一番に考えられる人よ。だからこそ、ボーン君を任されたんだと思うわ」

「そうそう!」沙織も乗っかる。「ボーン君って、ただの骨じゃないんだから! 未来をつなぐ栄養源!カルシウムの守護神!……ってキャッチコピーにすれば?」

「いや誰もそんなこと言ってないから」純が即ツッコミ。

 華やかに笑うリッキーの横で、自分は骨、でも、あの桐谷の爽やかな笑顔を思い出すと、「やっぱりやめます」と言う勇気は、どこにも見当たらなかった。

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