Saudade 孤愁の小さな旅

夏乃緒玻璃

序 Saudade サウダーデ或いはサダージ

 Saudade(サウダーデ)



 追憶や郷愁、憧憬。それからくる寂寥感等を表すとされる。ポルトガル(やスペインの地方)の言葉。


 孤愁、という詩的な訳があるが、必ずしも孤独とセットというわけでもない。時に甘くも切なくもあるが、まあ大抵は苦い。時には悲しい。


 成長と共に失われたもう得られない懐かしい感情、と解説しているサイトもある。


 サウダーデという読み方が定着しつつあるが、好きなアーティスト次第では読み方はサウダージだったりサダージだったりするだろう。


 ザ・ポルトガルといった言葉だが、スペインの一部、ガリシア地方でも使われている。


 定義こそ難しいが、一期一会であったり侘び寂びであったりと通じる物もあり、案外日本人にとっても理解しやすい概念のような気がする。



 自省


 20代の頃はだいたい一日20時間くらい勤務。

 それが苦痛で独立したはずが、気付けば週7日勤務。

 さすがにやばいと少しずつ勤務を減らす。

 しかし働いていない時の自分は空虚。

 そんな無為な日々を過ごしているうちに、天罰のように事故に遭った。


 苦痛と共に与えられた、働けない時間。

 体力を回復する為の眠り、栄養、歩く為の体の動かし方のおさらい。仕事以外の、会社や社会への関わり。


 面倒だから必要以上に関わるのを避けてきた人間関係。

 それらもまた否応なく考えてこなす必要があった。


 死にたくないけど別に長生きしてもなあ、なんてハードボイルド気取って生きてきた世界は少し変わった。


 つと考える。はて、無趣味人を自称はするものの、改めて考えると本当に何もない。グルメも音楽も読書も映画も絵画もスポーツもゲームもコミックも好きだけれど、どれも嗜み程度。浅い。何もない。


 かつて多趣味で話題豊富なスーパー営業マン達を見て、願わくばああいう多芸な人間になりたいものだと思った。


 今日行きたいと思えば翌日にはカナダにスキーに行き、翌週にはパラオでダイビングをしているようなバブリーな先輩方。


 いつかそういうアクティブな人間になるべし、と思いつつ出来上がったのは芯も何もない、上っ面だけ広く浅く聞きかじったような平凡な有象無象。


 まあそれでも、真面目にそれなりに必死にやってきたのだから、何も車で撥ね飛ばして病院送りにする必要は無いんじゃありませんかね、と恨みがましく思う。思うがこうなってしまったものはまあ仕方ない。


 旅。


 どこかへ行くのは好きだった。旅行というほど大したものではなくとも。


 仕事ならあちこちは回ったか。偏りはあるけれど。

 最後に海外旅行へ行ったのはいつだったか。


 海外研修、国内研修はあまり旅とは言えないか。


 ノルマに余裕がある時は営業の合間によく水族館に行ったな。

 北海道、東京下町、横浜、広島。気まぐれでぶらりと行った旅は懐かしいな。

 行き詰まっている時は、夜の高速をあてもなく彷徨うように走らせたりしたかな。


 旅についての思い出を書いてみようかなと、ふと思った。写真ももう手元にない。記憶の中で風化していくだけの、小さな街角や通り過ぎてきた風景のことを、少しずつ思い出した時に眺めてみる。


 日々は明るく楽しいのが理想なのだろうし、とにかく前へ前へと進まないことには生きていけない。


 だからどうしたって過去の記憶や感覚は捨てる。

 捨てられないものはどこかへ押し込めたりする。


 けれど時々は引っ張り出して整理した方がいいのかもしれない。


 どうあろうと、焦ろうが嘆こうが慟哭しようが、この病室からはしばらく出られないのだ。


 この機に少々、振り返ってみようか。捨ててきた、いらないと思った、振り返ることは女々しい事だと諦めてきた日々。


 ここは、そんな日々の記憶のがらくたの置き場所。


          ◇◇◇


 12/19転載時注釈 (本文は2025.夏 まだ足の手術を繰り返し、歩けるようになる目処がたたない状況での記載。故にセンチメンタルな文章になっている)

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