2-3
この国では、照明システムによって、時間帯ごとに明かりの色と明るさが制限されていた。深夜は、眠りを妨げ健康を阻害するような明るさには設定できないようになっている。
薄暗い橙色の明かりの下、林檎と梅は携帯端末の画面を覗き込んだ。画面には、木蓮のいる病院の入院病棟にあるリネン室の内部が写っている。あれから二人は、病院の案内サイトから個人の日記サイトまで隈なく調査し、病院の内部の写真をかき集めた。瞬間移動するのに最適だったのが、この写真だ。深夜にリネン室を訪れる者は、おそらくいないだろう。
応援するように拳を握る梅に見守られながら、林檎は深呼吸をすると、瞬間移動を行った。
移動先は予想通り真っ暗だった。携帯端末の明かりで辺りを確認する。物の配置が写真とは異なっているものの、無事病院のリネン室へ移動できたようだ。肌寒さを感じ、二の腕をさする。林檎は思い出したように心細くなった。いつでも自室へ瞬間移動できるよう、心づもりをしておく。
林檎は静かに廊下へ出た。廊下には用途の分からないランプが灯されており、ある程度は辺りが見えるようだ。エスカレーターを見つけると、林檎はリネン室のあった十五階から十七階へ移動した。このフロアには、面会不可の患者が入院しているという情報があった。信憑性の低い情報だが、他にあてがないため、とりあえず向かってみる。幸いなことに、病室の前には入院患者のネームプレートが出ているようだ。それを見たところ、このフロアでは、一人一人に個室が与えられているらしい。空き部屋はほとんどないようだ。この間の隕石の墜落で、怪我人が多く出たからかもしれない。
今のところ、人影はどこにもない。この病院では、基本的にコンピュータが患者を管理しているようだ。ただし、林檎にとってはその方が都合が悪い。コンピュータには足音も気配もなく、気付かぬ間に侵入者だとばれ、犯罪者になるかもしれないのだ。もし簡易裁判になったとき、コンピュータを欺いてうまく言い逃れすることは不可能だろう。林檎は少しでも顔を晒す危険性を減らそうと、パーカーのフードを深くかぶった。
十分ほど歩き回り、とうとう『九の木蓮』のネームプレートを見つけた。音を立てないように、そっと扉を開けて中を窺う。
「誰?」
木蓮の声だ。警戒心から張り詰めた声。聴力が敏感になっているのか、扉が開いたことに気づいたらしい。眠っていなかったのだろうか。ノックもせず静かに扉を開けたので、不信に思っているのかもしれない。
病室に素早く身体を滑り込ませ、一気にベッドに近づくと、「シッ 林檎だよ」と囁いた。
「林檎?」
木蓮は期待のこもった声で囁く。
ベッドで横になっていた彼女は、上体を起こしてこちらを向いた。暗くてよく見えない中、木蓮の手を探り当てて軽く握る。包帯なのか、皮膚なのか、ざらざらした感触があった。
「木蓮、やっと会えた」
「本当に林檎なのね」
木蓮の声は嬉しそうだが、表情までは窺えない。
「木蓮、明かりをつけてもいい?」
木蓮はそのことに気づいていなかったようで「もちろん」と言うと、枕の横を手で探り始めた。林檎も手伝い、明かりのスイッチを見つけると、それをつけた。
改めて彼女を見ると、顔のほとんどが包帯に覆われていた。包帯の隙間から鼻と口が見えるが、その皮膚は赤黒く変色している。唇は歪み、うまく笑えないようだ。太陽光への憎しみに、思わず木蓮の手を握る力が強くなる。
「痛いよね? 大丈夫?」
「大丈夫。薬が効いていて、今は痛みがないの。視力も皮膚も元には戻らないけど、治療を続けていれば、薬がなくても痛くなくなるって」
怪我の具合を気遣い、手を握る力を弱めると、木蓮の方から強く握り返してきた。彼女は上半身ごとこちらを向いた。
天を穿つ黴 宇白 もちこ @mochiko_77
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天を穿つ黴の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます