天を穿つ黴
宇白 もちこ
プロローグ
プロローグ
後ろで、ひびが入るような不穏な音がした。振り返ると同時に床が傾いだ。身体が傾く。引き返そうと右足を差し出した時には、既に身体は浮遊感に包まれていた。足元が崩れているのではない。この廊下ごと崩れ落ちているのだ。
無意識に伸ばした手が空を掻く。見上げると、さっきまでいた場所がぐんぐん離れていく。
ユキトは後悔する。
なぜ、自分で状況を確かめに行くなどと判断してしまったのか。大人しく自分のデスクで待っていれば良かったんだ。デスクから見た、部屋の様子を思い描く。そうしていれば、今頃シュンたちと打ち合わせをしていたところだろう。
瓦礫が落ちる轟音が響く中、彼は底へと落ちていった。
下に着くまで、思ったよりも時間がかかった。そう考えてすぐ、疑問を抱く。
俺は生きている?
いや、そんなわけがない。
ユキトは立ち上がる。全身に痛みがなく、骨が砕けている様子もない。それどころか、奇妙なほど感覚が鈍い。
辺りは暗い。俺は死んだのだろうか。人は死んだ後、こんなにすぐに死後の世界へ来るものなのだろうか。もっとも、ユキトには死後の世界についての知見はない。
熱を伴うような鋭い光に照らされて、目を瞑る。その光の正体に思い当たるものがあるユキトは、慌てて駆け出した。もし本当に死んでいるなら、この光の危険性のことは気にしなくても良いはずだ。しかし彼の意識に植え付けられた恐怖は、すぐには拭えない。
瓦礫の隙間から通路へ飛び込み、光から逃れると、やっと胸を撫で下ろす。それから自分の置かれた状況を確かめた。
どうやら、身体が物体をすり抜けるようだ。瓦礫の中を真っ直ぐに走れたのは、そのおかげだと、ユキトは困惑しながらも納得がいった。
つまり、俺は死んだのだろう。
だが、ここは死後の世界ではない。俺はまだ現実にしがみついているようだった。この場所は、彼がよく知る場所だったのだ。
いわゆる、幽霊になってしまったということか? 馬鹿馬鹿しい。
しばらく辺りを探索して、さらに不自然な点に気づく。この場所で暮らしているはずの人間が、一人としていないのだ。やはり、ここは死後の世界なのかもしれないと、ユキトはあっさり考えを変える。
それから長い間、人を探して歩き続けた。どれくらい時間が経ったか分からない。眠気も空腹も感じない。ずっとこのままなのかと思うと、泣けてくる。退屈で仕方がない。終わりの見えない孤独に蝕まれていく。
もしかして、俺はこういう種類の地獄へ落ちたのだろうか。この国を模した地獄に。
正直なところ、その心当たりがないわけでもなかった。ただ、自分の罪程度で地獄へ落ちるのであれば、ここは人でひしめいているはずだとも思う。
やがて彼は、一人の人間を見つける。
彼女は人工日光の降り注ぐ広場にいた。眼鏡をかけた女の子だ。
「おーい、君!」
ユキトは女の子に向かって駆け出した。
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