彼女はうそつき
泣いた人
――彼女はうそつき――
ある日、僕は前例がない病にかかった。
発熱、四肢の痛み……ただの酷い風邪のように思えたその症状は不定期に、そして突如として訪れる。
僕は、ある病院で暮らすこととなった。
「おはよう!」
「……おはよう」
僕が入院してから毎日病室に来る女の子は、僕と同じように、前例がない病気を持っている。
だけども、ウイルスではなく、なにか遺伝子に変化があってなるという、所謂奇病と言われる物らしい。
看護師はそう言っていた。
「ねぇねぇ、カツキ君はどんな奇病なの?」
「まだ名前もないよ。奇病かどうかも分からないし……ウイルスかもしれないよ?あんまり近寄らない方がいい」
ハユは来るたびにそのことを聞く、僕はそのたびに同じことを繰り返す。
「……そっかぁ」
それを聞くたびに、ハユは少し残念そうにする。
毎日それが繰り返される。それがない日は異常だと言っていいほどだ。
「あっ、そういえばさ!今日流星群があるの!一緒に見よ」
「……あぁ、分かったよ」
どうせ、今回も嘘だ。
流星群も、一緒に見るのも、嘘なのだ。
だけども信じざるを得ない。
それがなぜなのか、僕にはわからなかった。
その夜、いつまで待っても、ハユが来ることはなかった。
また騙されたのだ、僕は。
開け放たれた窓から見える外も、雲で隠れて星1つも見当たらない。
「……嘘じゃないか」
彼女はうそつきだ。
もう、寝よう。
起きていても、体に負荷がかかるだけだから。
……あぁ、一緒に見たかったな。
星。
だけど、その日は夢を見た。
「起きて、カツキ君、流星群だよ」
ハユの声で目を開くと、開かれた窓の外は流れ星が光り輝き、川を作っていた。
……僕は夢に見るほど楽しみにしていたのか。
ハユとこの景色を見ることを。
嫌だ。起きたくない、この夢から覚めたくない。
そう願おうとも空しく、僕は眠気に負け、深い眠りについた。
目が覚めると、開け放っていた窓はカーテンごと閉められ、側にいたはずのハユは居なくなり、僕は一人だった。
あぁ、結局は夢なのだ。
僕は、また騙された。
*
「おはよう、カツキ君」
「……あぁ、おはよう」
毎度のごとく読書を邪魔する彼女は、うそつきだ。
6年前、まだ5歳の僕を騙したのも、1年前、病院に入院したばかりの僕を騙したのも、彼女だ。
そして僕は、彼女に騙され続けている。
そして今日も、彼女に騙されるのだ。
「ねぇ、私の奇病って言ってなかったね」
「……え?」
いつもと違う話題に、つい呆けた声が出た。
「私ね、秒で死んじゃう病気なの」
「……僕を馬鹿にしてるのか?」
「ふふ、ごめんごめん。でもね、ほんとなの。条件が揃うと、コロッと死んじゃう病気」
「……そうか」
どうせこれも嘘なのだ。
彼女はうそつきだから。
そして僕は彼女の嘘を信じるから。
だからこれも嘘なのだ。
だけど。
「……なぁ、約束してくれ。君が死ぬとき、僕も一緒に死にたい」
「良いよ、約束しよ」
あっさりと受け入れられたその約束は、二本の小指で結ばれた。
その時の彼女のほほえみは、いつもよりも美しかった。
部屋の電気はもう消灯し、ほんの少し開かれた窓から入る冬風はカーテンを揺らしている。そんな病室の中、彼女と約束したことを一人、頭に入らない本の文を読みながら思い出していた。
そして彼女に初めて騙された日の事も。
「ねぇね!カツキ君!あしたもいっしょにあそぼ!」
「え、ほんとに!?」
「うん、やくそく!」
「……!うん!」
まだ5歳の二人は甲高い声が楽しそうに鳴り響く遊具から、少し離れたベンチの上で
短い小指を絡め、笑顔で見つめた。
だが、二人が会う事は叶わなかった。
この病室以外では。
……あぁ、この僕の疑心は、彼女と会ったことが始まりだった。彼女が僕に初めてついた嘘、僕が彼女に初めて騙された嘘。
彼女はきっと、地獄で舌を抜かれるであろう。
朝の鳥が鳴き、朝から冬風が僕の頬を撫でた。
一時間が経っても、彼女は僕の前に現れなかった。
二時間が経っても、三時間経っても、昼になっても……来ない。
真っ暗になった窓の外を見ても、星1つ見えない空は僕の瞳を映していた。
彼女は、ハユは、流れ星と共に地獄へ行ってしまった。
*
本来の病気が悪化したのだろうか、はたまた別の事か……だけど、僕は彼女に嘘をついた。
共に死ぬと約束したのに、出来なかった。
僕は、彼女と共に地獄へ行くだろう。
……だけど、その前に知りたい。
彼女の事を知りたい。
何故僕に嘘をついたのか、どうして嘘をつくのか……彼女は、どういう意図があったのか。
そう思っていた時には、もう僕の足は前へ進んでいた。
それが、咳が出ても、体の節々が痛くなっても、顔が赤くなっても、止まることは無かった。
真実を知るまで、止まる事は出来なかった。
廊下を通りかかった看護師さんに、僕は声をかけた。
「……あの、すみません。あの子の日記を……見せてくださ。」
「貴方症状出てるじゃない!そんなことよりも。先生!来てください!カツキさんが――」
もう何度も横になった病室、隣には何度も顔を見た先生。
いつもの景色。
「今のところ収まっているけれど、もう無理して歩かないようにね」
「はい……あの、先生」
「ん、なんだい?」
「……ハユさんの日記を、読ませてください」
そうして僕の手に渡った古びた日記は数冊あった。そして、ページをめくっても、めくっても。
……ただ、"いつも通り"という言葉が繰り返されていた。
淡々と、機械的に……その他の感情を排他するように。
だけどある日、日記の内容が違った日があった。
6月7日、僕が入院し、彼女と会った日だった。
その日記の内容はただ、"楽しかった"という言葉が綴られていた。
その日以降はずっと、ずっと、僕と彼女があった日は全てに楽しかったと綴られていた。
だけど、11月7日、あの夢で見た流星群の日。
そこにはただ。
"星がきれいだった"と、綴られていた。
……あぁ、あの時見た星は。
夢などではなかった。
彼女はずっと。
嘘などついていなかった。
彼女は、正直者だった。
End.
彼女はうそつき 泣いた人 @Naita_hito
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