近くて遠い場所

【あなたは、毎年帰省してますか？　生まれ故郷が好きですか？】

目を閉じると、目蓋に浮かぶ故郷の空、山、川。

郷愁が、ギュッと胸を締め付ける。

毎年、帰省するのが楽しみだった。

でも、もう帰れない。私には帰る場所がない。

両親が亡くなった後、家を処分した。もう、帰る家がない。

東北のニュース番組で、時折耳にする故郷の地名。

その地名を聞く度、郷愁がドッと押し寄せてくる。

帰りたい衝動に駆られる。

少し遠出するくらいの気持ちで運転すると、着いてしまう距離。決して、遠い場所ではない。

そこで私は生まれ、成長していった。夥しい思い出と共に。

まだ両親が健在だった頃、考えていたことがある。

いずれ両親がこの世から旅立ち、家と遺品を処分すると、もう故郷に帰省する機会は無くなる。

それでも私は故郷が恋しくなって、時々帰りたくなるのだろうか？

まあ、帰りたくなったら帰ればいい。当時は、そう思っていた。でも実際、両親が亡くなると考えが変わった。

【帰るといっても、いったいどこに帰ればいいの？】

もう、実家は処分してしまったのに……。

家がなくても故郷の街に行くことはできるけど、例え帰ってみたとしても、両親に会えるわけでもない。心に封印していた思い出が溢れ出し、胸を苦しくさせるに決まっている。

実家を処分した時の苦しみも蘇るだろう。

目に映るどの景色も懐かしすぎて、両親に会いたくなるのは容易に想像できる。そして、会えない寂しさに涙する。それに、どう対処したらいいのか？

【悲しい思いは、もうたくさんだ……】

そうすると、何年経とうが帰れないのではないか？

故郷は、人口約6万人。県内第2位の人口だが、はっきり言って何もない田舎だ。遊べるような場所もないから、若い人にとっては退屈だろう。

特色といえば、忠犬ハチ公の生誕の地であること。

郷土料理のきりたんぽは、割と有名だ。

お盆の時期には、花火と一緒に大文字焼きが開催される。

すると、遠い記憶が蘇ってくる。

日が暮れた頃、鳳凰山の大の字に火が灯される。

すっかり夜の帳が下りると、くっきりと浮かび上がる大の字。打ち上げられる花火。闇に咲く大輪の花。花火の残滓が限界まで伸びると、きらめきながら闇に消え行く。大の字と花火のコントラストに、人々は見入る。

今は亡き両親が、楽しそうに声を上げて微笑みながら見上げた花火の光景が、目蓋に浮かぶ。

そして、大通りを練り歩く大文字踊り。

大文字踊り……。

大文字踊りの曲が、脳裏に流れてくる。蘇る懐かしいメロディー。

ずっと昔、子供の頃から毎年聴いていた曲。

お揃いの浴衣を纏った女性達が、曲に合わせて両手を優雅に振りかざす。

ゆっくりと踊りながら進む行列。そうして、祭りの夜はふけていく。

真夏の饗宴が終わりを迎えると、北国の短い夏も終焉へと向かい、やがて秋の気配が漂う。

思い出しただけで、ノスタルジーに心身共に揺さぶられる。

両親と過ごしたあの時、あの瞬間をもう一度！

と叶わぬ望みを抱く。

過去の一瞬一瞬が愛しくて、目の奥がじ〜んと熱くなる。

故郷は、やはり心の拠り所。

いつになるか分からないが、帰ってみようと思える時が、いずれやってくるかもしれない。

故郷は何処かに行ってしまうわけではない。

いつまでも、あり続ける。それまで、ずっとずっと変わらずにいて。私を待っていて。

いつか帰った時、ただいま、と故郷に語りかけたい。そして、両親との日々をありがとう、と。

その時、穏やかに優しく私を受け止めて。

その故郷の風で、ふわりと私を包みこんで……。