第3話 素直な元聖女犬
***
ナルルはふかふかベッドの中で胸を躍らせていた。
手に握るのはスマホ。カトレアと交換したマインのトーク画面が、明かりを消した部屋で輝いている。
「僕にも、ついに彼女が……えへへへへ」
生まれてから十五年。明日から始まる学園生活。そして突然できた可愛い恋人。
今まで異性とまともに話せたことはない。何故かシカトされたり、話しかけても素っ気ない態度をされてばかりだった。
だけどそれも昨日まで。
突然現れた魔族の女の子は、初めて自分に普通に接してくれた。ちょっと喋り方が変わっているが、そんなの些細な問題だ。
『ねえねえ。カトレアは魔界から来たんだよね? 魔界ってどんなところ?』
夜も遅いのに送ってみる。すぐにピコンと既読が付く。
『コンビニもろくにない田舎だ』
ちょっと素っ気ない。だけど大きな進展。女の子とマインできるのが何より嬉しい。
『一緒のクラスになれるといいね!』
『ふん。まあ、そうだな』
やっぱり嬉しい。カトレアの顔、握った手の感触を思い出す。
「……うへへ」
好き。単純かもしれないが、やっぱり嬉しい。もう男の同級生に追い回されることもなくなるかも。
『明日始業式終わったら一緒にお出かけしようよ。アスリニアを案内するよ』
ピコン。
『むぅ……お前に任せる』
決定。始業式は昼まで。そこから記念すべき初彼女とデートだ。これは気合いを入れないと。
『楽しみにしてて! 僕、頑張る』
またすぐにピコン。
『寝る』
『おやすみ、カトレア』
既読が付かない。寝ちゃったみたいだ。彼女の寝顔を想像して頬っぺたが緩む。
「よーし。僕も寝るぞ。明日が楽しみだ」
毛布にくるまり気合いを入れる。すぐに眠気に襲われる。
「だけどなんでだろ? カトレアと初めて会ったはずなのに……」
胸の高鳴り。その奥にザワめくナニか。その正体は分からないが、どこかで会った気がする。
「……前世で恋人だった、なんて……ね……すや……」
大きな勘違いをしたナルルは、やがて規則正しい寝息を立て始めた。
明日から始まる、ドタバタで騒がしい学園生活を知りもせずに――。
***
翌朝。
「寝れなかった……聖女め……」
春の陽気が混ざる朝日の中、カトレアはトボトボと通学路を歩いていた。
車通りのない坂道。周りはキャッキャッとはしゃぐブレザー服の少年少女。だがカトレアの目元には深いクマ。瞼を閉じれば夢の世界へ一直線だろう。それもこれもナルルのせいだ。
(だがアスリニアのデートスポットは全て叩き込んだ。いかがわしい場所もな)
お出かけ。つまりデート。そのワードを見た瞬間、ナルルからのマインは未読スルー。
それもそのはず。一方的に連れ回されるなど魔王のプライドが許さない。……そのうえ相手は元聖女とはいえ今は男。変な場所、例えばラ◯ホテルに連れ込まれる可能性もある。前もって調べておくのは当然の自己防衛。
本当に、ナルルを連れ込みたいなんて気持ちはこれっぽちもない。あるはずない。
「……ブラとショーツ、セットにした、よな?」
周りをキョロキョロ。胸元とスカートをチラリと覗く。大丈夫。1番お気に入りの可愛いピンク。一応、ほんとに念のため。
「あ、カトレアー! おはよー!」
「うわあっ⁉︎」
背中にかけられる元気な声。ビクッと体が跳ね、慌てて振り向く。そこには――。
「ん? どうしたの、カトレア?」
「尊い……」
朝一ナルルに漏れる本音。ミルク色のブレザーに着られてる美少女、もとい美少年。サイズが合っていないのか手が袖からチョコンと覗く。カトレアとお揃い、一年生の青ネクタイが眩しく見える。トドメとばかりに首を傾げるその仕草、多分何かしらの犯罪に引っかかる。
「おーい、カトレアー?」
「ハッ⁉︎」
我に返る。少し屈み、顔を覗き込んでくるナルル。顔が近い。距離感がおかしい。動悸が激しくなる。
「わ、我にその顔を近付けるな!」
つい叫んでしまった。住宅街に響く声。周りの学生たちに注目される。
ナルルは途端にシュンと俯いた。
「ご、ごめん、なさい……僕なんかに近付かれたら、嫌だよね……」
涙声。強がっているが肩が震えている。拳を痛いほど握っている。カトレアの胸が締め付けられた。
「い、いや、そうじゃなくて、ちょっと驚いただけで、お前が嫌とかじゃ……」
「……ほんと、に?」
なんだこれ。なんで罪悪感に襲われるのか理解不能。ただ分かるのは、そっと顔を上げるナルルの罪深さ。誰かこいつを逮捕しろ。
「う、うむ。だ、だから泣くな。男のくせにみっともない。ほら、ラムネやるから」
カトレアの常備品。魔力ラムネを鞄から引っ張り出す。一粒取り出し、ナルルに差し出してみる。
「カトレア……女の子なのに優しい……」
ますます潤む目。抉られる心臓。自分がトンデモない罪を犯してる気分になる。
「いいからさっさと食え!」
「むぐっ」
口に突っ込む。指が瑞々しい唇に触れた。火傷したかと思った。
「……おいひゅい」
「噛むな。いや、ちゃんと噛んで飲み込め」
イチイチ世話が焼ける。配下の魔族たちにもここまで優しくしたことはなかった。多分あいつらはもうくたばっているだろう。知らんけど。
ゴクン。ナルルの喉が鳴る。ついでに体がポワッと光る。ちょびっとだけ魔力を取り込んだらしい。さすがは元聖女。人間のくせに魔力を宿しているようだ。
「あれ? なんか、体が熱い」
「すまん。今のもっかい言って」
「……体が、熱い?」
「ご馳走様」
逆に。何がとは言わない。だけど冷静になった。周りの学生、特に男子がナルルに見惚れている。認めたくないが、カトレアよりモテてる。普通に悔しい。
「行くぞ、ナルル。我らの学舎、早く拝んでやる」
踵を返し、いざ勝負の地へ。こいつと同じクラスになれるか否か。なんだか緊張してきた。
「あっ、待ってよ、カトレア。僕を置いてかないでよ」
「早く我に付いて来い」
トトトと追ってくる足音。飼ったことはないが、犬の散歩の気分。元聖女犬。悪くない気分だ。
こうして二人は坂道を抜け、アスリニア学園に向かった。
カトレアの顔は、終始微笑んでいた。
呪ってやった元聖女(♂)が可愛すぎるんだが? リスキー・シルバーロ @RiskySilvero
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