K-17

春光

第1話①

この文章は、私が2024年の冬に入手した非公開資料を整理する過程でまとめたものである。

内容の性質上、固有名詞の一部は伏せている。また、真偽について断定する意図はない。

ただし、これらの記録が「存在してはならない形式」で保管されていたことだけは事実だ。


資料の出所は、地方都市にある旧市民会館の解体工事現場だった。

築五十年以上の建物で、耐震基準を満たさないことから閉館が決まっていた。問題の資料は、地下二階の倉庫区画、使用記録のない金属棚の最下段から見つかった。


埃をかぶった耐火ケースの中に、DATテープが十七本。

すべて同じ型番、同じメーカー。ラベルはほぼ剥がれていたが、マジックで書かれた管理番号だけが残っていた。


K-17


現場責任者は当初、廃棄を指示したという。しかし立ち会っていた作業員の一人が「中身を確認したほうがいい」と進言し、再生が試みられた。

そこで初めて、音声データが存在することが判明する。


音声は一人の男性による独白だった。

年齢は四十代後半から五十代前半と推測される。声色は落ち着いており、感情の起伏は少ない。だが、内容は明らかに通常の業務記録ではなかった。


「これは報告じゃない。記録だ。

公式には残せないから、こうするしかない」




冒頭の数分間、男性は同じ言葉を繰り返す。

まるで、誰かに聞かせるというより、自分自身に言い聞かせているようだった。


テープ三本目あたりから、具体的な話題が出始める。


「人数が合わない。

毎回、必ず一人多い。逆じゃない、多いんだ」




文脈から判断すると、男性は当時、市の臨時調査に関わっていた職員だった可能性が高い。

住民数の確認、名簿の照合、聞き取り。いわゆる簡易的な全戸調査である。


「紙の名簿と、現地の人数が一致しないことはよくある。

でも、問題は逆だった。

書類にいない人間が、現地にはいる」




この時点では、まだ異常性は薄い。

聞き間違い、勘違い、転入届の遅れ。いくらでも理由は考えられる。


しかし男性は、次の一言で話の性質を変える。


「帳簿を直しても、翌日には元に戻る。

修正した記録が、なかったことになる」




資料には、この発言と同時期に作成されたと見られる内部メモが添付されていた。

コピーではなく、原本。

だが不自然なことに、該当ページだけが意図的に切り取られている。


テープはここで一度、強制的に途切れている。

ノイズの後、男性は小さくこう呟いている。


「……もう、数えるのをやめたほうがいい」




これが、記録番号K-17における最初の異常点である。

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2025年12月30日 17:00

K-17 春光 @hurumitsu

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