ショートショート①

海松純之介

名古屋港狙撃戦




「ハァーッ」



手の平がもう寒さを感じない。

でも吐いた息の白さは周りの気温を私に教えてくれる。


制服を少し捲くり、時計を見る。まだ十八時だけど冬の近い今はもう太陽が沈んでいてぼんやり暗い。


いつもは賑わっている名古屋港水族館のイルカショー観覧席の陰に隠れ、相手スナイパーの位置を探る。



「ポートビルから撃ってるのかな?」



双眼鏡でポートビルを覗く。



「うーん、暗くてよく見えないや」



ガッカリして双眼鏡をポケットに仕舞い、スナイパーライフルのボルトを引く。

ガチャンという金属音と共に弾が薬室に送り込まれる音がした。 


恐る恐る席の影からスナイパーを出し、スコープを覗く。



「いち早く見つけた方が勝者かな…」



先ほどの弾道を見るに方向は間違いないはずだ。

 


「………見当たらないなぁ」



サッとまた席の陰に隠れる。


もし撃てば相手に位置を知られてしまう。


それは何としても避けたいことだ。

おそらく相手もそう思ってる。



「はぁ…少し掛けてみようかな」



気は向かないがポートビルの壁に一発銃弾を放つ。



「バン!」



冷たい金属音が辺りに響き渡る。

引き金を引いてすぐに一か八か左方向へと全力で走る。



「バン!」



相手からの銃撃が私を待ち受ける。

がしかし幸運なことに私のいた場所より右側に銃弾は着弾した。



「あっちも暗くて見えてないから逃げた先を読み合う心理戦、まずは私の一勝かな」



これで相手のいる位置が分かった。


南極観測船ふじの船首だ。


しかし自分も場所を知らせてしまったわけで、状況はあまり変わってはない。


私はライフルを背中に背負ってイルカショーエリアから脱出する。 


そのまま明るい場所を避け、シートレインランドの敷地をまたいだ。


ライフルをゴルフバッグに入れてなるべく目立たないように観覧車へと乗る。



「いってらっしゃ~い!」



陽気なスタッフさんの挨拶に貼り付けた笑顔で返した。 


観覧車はゆっくりと上がっていき、心が少し躍ってしまう。



「いけない、いけない」



バックから再びライフルを取り出し、南極観測船ふじの方向の窓を少し割る。



「さて…いるかな…」



割れた部分からライフルの先を出し、スコープを覗く。相手にバレていればこんな狭い空間、絶好の的になっておしまいだ。


相手ももう船から離れているだろう。


その時、視界の中で何かが素早く動くものを捉える。スコープから目を離し、下を見渡すとJETTY広場を走る人影が見えた。



「撃つか、撃たぬか…」



まあ、迷う。


あれで一般人だったらとんでもないが、今戦っている奴ならこれ以上ない狙撃チャンスだ。



「…でも」



でもおかしい。走る時、右足を前に出す時の動作に少し無駄がある。


あの狙撃をできる奴が完璧でないはずがない。


引き金にかけた指をそっと離す。


気づけば観覧車は最も高い地点に達していた。


また双眼鏡を取り出して辺りを見渡す。



「うーん…」



次の刹那、乗っていた観覧車の窓が激しく散った。



「んッ!」



素早くしゃがみ、身を隠した。



「…ポートブリッジか!」



この観覧車から南側に東西に掛かっている橋から撃ってきている。


ガラスの破片が飛び散ったせいか観覧車は緊急ストップしてしまった。



「…どうしよ」



すごくピンチだ。


反撃しようと頭を上げればすぐ撃たれるだろう。


かと言ってずっとここにとどまり続けることは出来ない。



「万事休す…かな?」



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ポートブリッジは狙撃場所としてかなり気に入った。



「この橋から観覧車まで五百ヤード、オレなら外さない」



相手も手練れだろう。それは問題ない。



「でもよぉ、日本は女子高生も兵士なのかい?」



明らかに制服を着ていた。

スカートがひらひらとなびいていた。



「マンガの世界かと思ったぜ。ただマンガと違うのは制服キャラが勝たないところだ…」



耐久戦に持ち込むのも良いが、何発も撃ち続けて観覧車の鉄板に穴を空けて蜂の巣にしちまおう。


オレが再びスコープに目を近づけた、その時だった。



「パァン!」



と辺りに銃声が鳴り響いた。気づけばオレの横腹には穴が空いていた。



「なぁ!どこから…」



痛みで降りてくるまぶたを必死に空けて観覧車を見る。



「おかしい…頭はおろか銃口だって出てやしない…」



しかし薄れゆく意識の中であるものをはっきりと見た。



「アァ…アイツ…」



観覧車の中からの狙撃ではない。


反対側のドアをこじ開け、足を引っ掛けた状態で逆さ吊りになり、観覧車の下から狙撃したのだ。


信じられない。上下が反転している視界で重力まで考慮して撃ったというのか。



「完敗だ…」



薄れゆく意識の中でもオレは必死に笑顔を保った。

思っていたより納得のいく最後だ。



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観覧車から宙ぶらりんになった上半身に力を入れて観覧車の中に戻る。



「ふぅっん!」



なんとか観覧車の中に戻るも全体重を支えていた足はかなり痺れてしまっている。


少し息を整え、ある程度痺れが取れてきたあと電話を掛ける。



「もしもし、アガサさん。ポートブリッジにターゲットの狙撃手が倒れています。致命傷ではないので救護班を」



そう言い、電話を切った。


その後再び観覧車は動き始めた。


時計を見ると、時刻はまだ二十時前であった。


観覧車から降りて帰路を辿る。


寒かったので途中でラーメン屋に寄った。

冷えた骨身に染みる美味しいラーメンだった。





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