眠れない僕と起きれない君
@Yomogi_1029
第1話
ふと、あの声が聞きたくなる。
あの日、僕だけに向けられた声。
僕だけが聞いた言葉。
「だから、君は変わらなくていいんだよ。そのままの君が一番、…かわいくて、らしくて、綺麗なんだから」
「へ?」
「…ふふ、じゃあね。…おやすみ。良い夢を」
誰の声か分からなかったけど、その声を、言葉を、僕はずっと忘れることが出来なかった。
宮崎家は至って普通の家庭である。
商業会社のサラリーマンの父、専業主婦の母。
その一人息子、宮崎律は何か特別な才能や容姿に恵まれることは無かったが、素直で真面目な性格に育った。
“人の為になることをしなさい。他の誰も見ていなくても、神様は見てくださっているのよ”
それが律の、母の教えだった。
神様、というものが存在するかしないか、と言うよりも、母としては悪事を行わない、善良な子に育って欲しいという思いがあっただけだ。
律が教室に戻ると、クラスメイトのギャルと目が合った。
「あー、宮崎いい所に!今から購買でお菓子買って来てくんない?」
「…う、…いいけど。何のお菓子?」
「えー適当〜。律セレでよろ」
「期待してまーす!」
ギャルから奇抜な財布を託され、購買部へ向かう。最初こそセレクトに戸惑ったが、もう慣れっこだ。ギャルには適当な袋グミとじゃがりこを与えておけば何とかなると聞いた。
「あ、律じゃん!おかえり〜」
「はい、買ってきたよ」
「おお、普通だね」
「さすが委員長ー、たよりになるー」
ギャルに財布とお菓子を渡して席に戻る。
これが僕の昼休みだ。
人の為になること。こういう事。2年生になってクラス委員長になったのも、真面目に生きるのも、特別な才能の一つも恵まれない僕が唯一、人生を生きられる道で、僕は僕自身が要領の良い人間でない事を知っているから、真面目に生きて、正当に評価されて、普通に、無難に、それでも少しは幸せに生きていきたいだけ。
神様がきっと、見ていてくれる。
放課後、僕は先生に声を掛けられた。
「宮崎、浅木の家の場所知ってるか?」
「…知ってますけど」
「悪いな、これを届けに行って欲しい」
「封筒?…欠席者連絡用」
「そう、普通は教師が行くか、本人に取りに来てもらうかするんだが……。その、なんだ、宮崎に行って欲しい」
「…わかりました」
「すまないな、学級委員として頼りにしてる」
浅木家は学校近くの住宅街にある。
車庫には黒い軽自動車。玄関近くで一匹のトイプードルがリードに繋がれている。名前はリュウというらしい。可愛い見た目とは裏腹に強そうな名前だと思った。
浅木家のインターホンを押すのはこれが初めてではなかった。
「…こんにちは、宮崎です。欠席連絡の封筒を届けに来たのですが、楓くんはいらっしゃいますか?」
と、僕が言い終える前に玄関のドアが開いた。
そこに居たのは背が高く、サラサラの前髪を目の下まで伸ばして黒いマスクをした、パーカー姿の男。浅木楓である。
「相変わらず真面目だねー。いまの時間帯は俺の両親が居ないこと、知ってんのに」
「うるさい。どうでもいいだろ。他人の家の玄関ドアをガンガン叩いて呼び出した方が良かったってのか?大阪府警みたいに」
「それ最高だね、今度やってよ」
「やる訳ねぇだろ」
浅木楓は学校に来ない日が多い。
1年生の時も出席日数がギリギリで危なかったと聞いた。勉強は出来るので成績は問題無かったみたいだが。
「朝弱くてさ。深夜配信してるから」
「お前みたいな奴の配信、誰が聞くんだよ」
「酷いなぁ。俺の配信、結構人気だよ?」
僕はこういう人間が一番嫌いだ。
生まれた時から容姿と才能に恵まれ、要領も良く、努力をしなくても良い人間。
真面目に生きている人を馬鹿にしているみたいに感じて、時々なぜか偉そうなことも言って。
「とりあえず封筒は渡したから。じゃあね」
「えぇ!泊まってかないの?」
「誰が泊まるか。はぁ、明日は学校来なよ?」
「いや〜、どうかな」
「…どうなっても知らないからね」
「ほんと、真面目だなぁ律は…。だから寝不足になるんだよ」
「…」
僕はそのまま返事を返さずに自宅へ向かった。
最後に浅木楓を無視したこと、神様は見逃してくれるだろうか?
眠れない僕と起きれない君 @Yomogi_1029
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