名探偵は異世界に

蟻村観月

すべての小説はプロローグからはじまるらしい

 オーギュスト・デュパンにはじまり、シャーロック・ホームズ、ジェーン・マープル、エルキュール・ポワロ、ブラウン神父、ギデオン・フェル博士、ヘンリー・メルヴェール卿、エラリー・クイーン、ドルリー・レーン、明智小五郎、金田一耕助、神津恭助、御手洗潔と古今東西の〝有名どころ〟を挙げれば枚挙に遑がないが、彼らは所詮〝小説に登場する名探偵〟に過ぎない。

 彼らを生み出した小説家の想像力と創造力によって、殺人事件を涼しい顔で解決しているだけで決して彼らの功績とは言えない。

 そうは思わないかい?

 え? メタ的な視点は求めてねえって? いやはや、現代人というのはどうしてこうも先走る傾向にあるのか。私は理解に苦しむよ。人の話に耳を傾けない人間が増えてしまったのは時代の所為なのか、単に衰えによるものなのか議論が噴出しそうだが、そんなのは君たちが常日頃から携帯している端末のなかだけでやってくれ給え。

 私は君たちほど〝暇〟ではないのでね。

 話が脇道に逸れてしまったね。不徳の致すところだ。もう少し脇道に逸れようか。話題の大小、人数に限定されず、話は方々へ展開されていくのが諸行無常というものだ。会話とは本来そうでなければならない。殺人事件を解決したいと願って止まない探偵は余計に無駄な会話を好む。うっかり口を滑らす可能性があるからだ。そうでないと日持ちのしない食材と一緒だ。いや、この比喩はやや過激するか? まあ誰も相手にしないだろうからなにを言っても赦されよう。

 畢竟、なにが言いたいかというと、有名人面している名探偵の功績はすべて生み出した小説家――とどのつまり、創作者のお陰と言いたい。ある意味ではマッチポンプなーんて言いかたもできてしまうわけだが、読者諸氏は不文律を遵守していると鑑みて、良識のある人間が多いことを否が応でも理解せざるを得ない。

 探偵小説の本質は魅力的な探偵でもそそられる殺人事件でも意外な犯人でも驚愕のトリックでもなく、不謹慎の娯楽化に成功したことだ。だってそうだろう。現実に凶悪なシリアル・キラーに横恋慕を抱く者、信奉者を生み出し、コンテンツ化していると言えなくはないだろうか? 犯罪実録ものを好んで視聴する者もそうだ。ポッドキャストでリスナーを興味を惹こうとする者まで現れはじめている。

 一般的に考えてみて欲しい。毎日のように知らない誰かが知らない誰かの手によって、その生涯を終わらせられているニュースをネット、テレビをとおして君たちは知ることになる。なかには、〝物語に登場する名探偵〟に右倣えであるいは自身を名探偵と思い込んで謎解きに精を出す道化がいるかもしれない。愚かと言わなかっただけ褒めて欲しいくらいだが、この際、眼を瞑るとしよう。一度は自分をシャーロック・ホームズの生まれ変わりと思ったことがある者は名乗り出なさい。怒らないから。

 偉そうな口振りでさっきから物申している評論家気取りのお前は何者か、だって?

 いやはや、わかりきったことを私の口からどうしても言わせたいと言うのかい?

 いいだろう。

 皆が望むのであれば。

 私は現実の世界で尤も有名で高名な名探偵――

 

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