大好きな奈緖へ、送らなかった手紙

陽女 月男(ひのめ つきお)

大好きな奈緖へ、送らなかった手紙

超多忙な毎日で、このところ体調もすぐれないらしい。そう聞いて、私は少しだけ胸がざわついた。心配、と言えば聞こえはいいが、その正体はたぶん、別れの予感だったのだと思う。

以前から、うすうす感じてはいた。ここ一、二週間は特に、彼女が私の相手をすること自体を、ひどく煩わしく感じているのではないか、と。体調のせいなのか、忙しさのせいなのか、それとも――理由探しは、だいたい結論を先延ばしにするための儀式にすぎない。

無理をして相手をしてくれなくていい。そう書きながら、本心では「それでも構ってほしい」と思っている自分がいる。今の彼女にとって、私はもう必要のない存在で、むしろ邪魔なのだろう。気づくのが遅すぎた、と笑われている気さえする。ごめんなさい、と謝る相手は、たぶん彼女ではなく、期待を捨てきれない自分だ。

このまま、何も変わらないふりをしてやり取りを続けるのは、正直つらい。申し訳なさと切なさと、そして少しの惨めさが、毎回同じ割合で胸にたまっていく。

だから、奈緒には、やるべきことや、やりたいことに集中して、どうか充実した人生を送ってほしい。これは強がりでもあり、願いでもある。

すべてが落ち着いて、ふと気が向いたときに、思い出してくれたら連絡をほしい。遠慮はいらない。軽い気持ちでいい。もっとも、そう言いながら、私はその「軽さ」に耐えられる自信があまりないのだけれど。

私の毎日は驚くほど暇だ。考えたり悩んだりすることも、ほとんどない。――いや、正確に言えば、考えていることは一つしかない。そして私は、彼女のことが大好きで、彼女なしでは生きられない気がして、いつもいつでも欲しくて、会いたくて仕方がない。書いていて少し引くが、事実なのだから仕方がない。

連絡を待っている。一週間か、十日か、一か月か。三か月か、半年か、一年か……あるいは、それ以上かもしれない。「いつまでも」と書くほど、人は強く待てないのに。

私も、どうしても話したくなったら連絡するだろう。そのとき、気が向いたら応じてほしい。向かなければ、それもまた答えだ。

大好きな、大好きな奈緒へ――と書きかけて、私は手を止める。これは手紙ではない。送られることのない文章であり、ただのエッセイだ。

奈緒からの連絡は、もう来ないのかもしれない。 そして、私から連絡することも…… きっと、ない。

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大好きな奈緖へ、送らなかった手紙 陽女 月男(ひのめ つきお) @hinome-tsuki

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