稲葉三兄妹の日常★X'mas★

柊野有@ひいらぎ

恋だ愛だは品切れ中

 稲葉家の長男、モモがスーパーで買い物をしている。

 ひゅうひゅうと風が木々を渡り、マフラーをきつく巻いたモモは、軽やかに帰路につく。もふもふの明るい薄茶色のくせっ毛をマッシュヘアにして、風になびかせている。

 日勤を終え、すっかり暗くなっているが、日中の日差しの中を歩いていると髪は金髪のように輝き、よく女性陣に振り返られる。  


「女子はなあ、褒められるのが大好きだからさ。常に優しくレディファーストだぞ」  

 それは生前の父の口癖だった。その教えを忠実に守り、誰にでも分け隔てなく接するモモだが、本人は自分がなぜそんなに視線を浴びるのかには全く無頓着だ。


 彼は細身の中肉中背だが、意外にも筋肉質で運動神経が良い。その身体能力の高さと話し好きを生かして、もう何年も福祉施設で介護士をしている。  

 彼には高校生の弟ユズと、中学生の妹イチゴがいる。


 弟には手袋と駄菓子、妹には欲しがっていたジェルネイルと宝石パーツ、それからスライムを買った。  

 ユズは金髪でいかついなりのくせに、駄菓子が大好きだ。小さい頃から赤いブーツに小さな菓子が入っていれば大喜びしてくれた。今もそんな駄菓子で充分満足してくれている様子で、今年も「うまい棒」や「マーブルチョコ」をたっぷり詰め込むつもりだ。


(みんなでクリスマスディナーを食べて寝て、夜中に兄ちゃんが枕元にプレゼントを置くんだ)

 そんな計画を頭の中で練りながら、モモは帰宅を急いだ。


「ただいまー」  

 モモが扉を開けた瞬間、ストーブの前に集まっていた三匹の猫たちが一斉に顔を上げた。茶トラのキナコ、黒猫のワラビ、そして白とグレーのトラ混じりのダイフク。 三匹はモモを見詰めると、まるで「おかえり」と言うように皆同じ口の形で「にゃあ」と挨拶した。


「モモちゃん、おそーい! え、ケーキ! わぁザブングルのだー!」  

 玄関まで走ってきたイチゴが歓声を上げる。


 キッチンでは、ユズが手際よく料理を仕上げていた。  

 今回のメニューは、ポテサラに、コロッケ。それに小ぶりな色とりどりのおにぎり、海苔をクリスマスツリーや星の形に切ってラップで巻いてある。それからジャガイモのポタージュスープ。

 そして父が大好きだった、にんにくマシマシの特製から揚げだ。 から揚げにコロッケは定番のメニューなのだ。


 ユズは、一瞬顔を見せて、キッチンのかげに隠れた。

 テーブルの上は埋まっているが、何やらまだ作っている。じゅうじゅうと音がして、大きなお皿に乗せた牛肉と野菜の炒め物が出てきた。


「にいちゃん、がんばってくれてるから、いっぱい食べて」


 こういうところが兄弟思いで優しいのだ。モモがニヤニヤしていると、とん、とみぞおちをつつかれた。


「ほーら、たべるぞー」

「いただきまーす!」


 イチゴが元気にコロッケに手を伸ばした。香ばしい香り、あたたかなスープの湯気が舞う。

 サクサクと小気味良い音をたててかぶりついている。

 モモは、急に空腹を覚えて大急ぎで席に着いて、ポタージュスープをすすった。


 食いしん坊の黒猫・ワラビが隙あらばテーブルに上がろうとするが、一番年長で落ち着きのあるダイフクがそれを許さない。行儀が悪い、と鋭い猫パンチが飛び、ワラビはしょんぼりと床に座り込む。 そんな光景も、いつもの稲葉家の日常だ。


「うわぁ。空腹に染み渡るわぁ」

 ジャガイモを柔らかくしてコンソメで煮込んだ定番のメニューだが、手がかかったそれをかんたんに作ってしまうほど、ユズは毎日の晩ごはんメニューをこなしている。

「いつもありがとうな」

「……別に。俺、美味しいもん好きだから」  

 照れくさそうにコロッケを頬張る弟の姿に、モモの心も温まる。


 デザートは、特別なアンティークの薄水色のお皿に並べられたザブングルの苺ホールケーキ。  ユズが正確に四等分し、そのうちの一つを仏前へと運ぶ。

 ホールケーキを食べる日はいつだって幸せな日。父親と母親がいた頃から使っていた薄くてエンボス模様のある薄水色の皿に乗せてある。

 

 線香を立てて戻ってきたモモの足元を、キナコがするりと通り抜けた。


 苺は程よく甘酸っぱく、生クリームは甘すぎない甘さ、口の中でとろけて広がり次のフォークで取り分けたスポンジはさっくり柔らかくほの甘い。

 三人はイチゴが歌いはじめたジングルベルの歌やあわてんぼうのサンタクロースを一緒に歌い、にぎやかなクリスマスイブを過ごした。


 食事はあっという間にお腹のなかにおさまって、仏前の残りのケーキは明日朝食べよう、とモモが言い、イチゴが名残惜しそうにしていたが従って、ラップでうまく包まれて冷蔵庫に消えていった。


 ワラビが冷蔵庫の前までついてきたが、ダイフクが追い払った。

 稲葉家には三匹の猫、どれもユズが仔猫のときずぶ濡れになったのを拾ってきた。イチゴが飼いたいと言うので、毎回押し切られるが、ユズは捨て猫センサーがついているのではないかと、モモは思う。

 実はユズは、犬猫鳥だけでなく、霊に感度が高いため何かと拾ってしまうのを兄は知らない。


「お。父ちゃん、今年は気が早いな。もう来てる」  

 ユズがふと、何もない空間を見て笑った。

「えー、お父さんもう帰ってきてるの? お母さん置いてきちゃったのかな」

「そりゃ、イチゴに会いたいからさ」  

 イチゴの横には、確かに父の気配があった。にんにくの匂いと、子供たちの笑い声に誘われて、満足そうに目を細めている――モモには見えないが、そんな気がした。


 夜九時。案の定、ユズが炬燵で寝落ちした。



「はい、風呂にいくよー。立って立って」  


 ぐったりとクラゲのようなユズを、モモは介護技術をフル活用して抱え上げる。高校生になり自分を追い越しそうな体格になった弟だが、寝ている時は驚くほど素直だ。

 彼は高校を出てすぐに資格を取った。彼は自宅でも介護士の資格をフルに活用している。

 小学校まで小さめだった次男がすくすくと伸び、自分を追い越しそうな勢いなのを、夜になると抱えて立ち上がらせベッドに放り込む。


 次男は先月直毛で硬めの髪を金髪にしてきた。少し遅れてきた反抗期なのだろうか、とモモは独りごちる。


 さて、ユズは眠いと風呂で寝落ちるので、風呂の見守りも必要だ。


 ほらほらと声をかけながら、せきたてて風呂場に放り込み、タオルやバスタオルをたたみながら、浴槽につながる扉を何度か開けて確かめた。ざっと髪を洗い、ゆらゆらしながら風呂から出てきたところにバスタオルを渡す。


 ユズは眠いと素直だ。


 風呂上がりなので前髪は下りて幼く見える。

 それを嫌って金髪にしたのだろうと思い、髪を染めてきた日、モモは「カッコいいじゃないか」とその髪型を褒めちぎった。ユズは照れながら、そそくさと自分の部屋に戻っていった。


 ユズのドライヤーをささっとかけて、寝室に送り込む。


 ユズを風呂へ誘導し、見守りをしながら洗濯物をたたむ。  

 寝室では、イチゴがすでに夢の中だ。枕もとには「サンタさんへ」というカードと、キャラメルが一箱置いてある。


 モモはそれに気づいて、はっと息をのむ。

 妹は中学になってもまだサンタを信じているらしい極めて貴重な人材なので、弟と口裏を合わせている。


 大の字で手足を出して深く眠っている弟の枕もとにも、プレゼントを置いた。


 翌朝。


「ねえねえ、これ見てよー。かわいいでしょ」


 イチゴは、サンタから貰ったスライムとジェルネイルを、弟に見せびらかしている。

「キラキラのパーツ乗せてね、人差し指だけやってみたんだ」


 サンタからのジェルネイルで、さっそく人差し指をキラキラさせているイチゴ。

 それを見守るユズ。


 そしてモモの枕元には、ユズからのサプライズ――自分が弟に買ったのと色違いの、お揃いのマフラーが置かれていた。起き上がって、見覚えのある包みを解いた。


 兄はふたたび感涙した。


 いつも自分のぶんのプレゼントは買い忘れてしまうのだが、弟のために買った手袋と同じカラーのマフラーだった。


「おんなじスーパー行ったな?」

 ユズが歯磨きに立ち、すれ違いざま、チラリと目線を飛ばしてきた。


「ありがとな」

 モモは右手で目をこすりながら、反対の手で自分より若干大きくなったユズの頭をポンポンなでた。


 新しいマフラーの温かさと、鼻の奥にツンとくる感覚。  

 年々涙もろくなる兄のクリスマスは、今年も最高の幸せに包まれていた。



 了

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