死に神のかみしろちゃん。

ひまわりきんのすけ

彼女が笑ってくれます様に


白濁はくだくとする意識の中、

遠く近く、救急車の音が、鳴り響いている。


あ、あ、ダメ、だ。

言葉が出ない。


少年は壁と車に挟まれて、

息もえだった。


それは無意識に、彼女を庇ってしまった。


うつうつと、急激な眠気が襲ってきた。


頭から大量出血、全身打撲、心臓の鼓動が、

間もなく止まる。


「お疲れ様でした」


ピタリと時が止まったのは、

少女の声がけによるものだ。


長い白銀の髪、黒炭こくたんの双眼をした少女が、少年の近くまで歩いてきた。


「ここはよくある町の交差点。今は夕暮れ時。貴方は赤信号を無視して、突っ込んできた暴走車から、彼女を守った。そうですね?」


声は出せないが、少年がまばたきして見せた。


「ああ、すみません。説明くさくなりましたかね。私は、死に神のかみしろと申します。貴方の魂を回収する前に、一つだけ、願いごとを叶えて差し上げます」


急に空が暗く、そして、雨の後に、粉雪に変わった。時期は冬。時は停止したままだ。


ほんのわずかに、少年の身体から、いたみが消えた。声も出せた。


「願い、か。そんな都合良く、叶えて欲しい願いなんて、、、。ああ、でも、そうだな。なら、最期に一つだけ」


どの道、こんなの死にぎわの幻だろう。少年は、救急車に運ばれて行く、

たんかの少女を見た。


「彼女が、有村ありむら かなが、笑ってくれるなら良いよ。どうか、これ以上、不幸になりません様に。彼女の地獄が、これで終わります様に。これは恩返しだ。ひとりぼっちだった俺を、彼女が救ってくれたから」


雪が鮮血も残酷で凄惨な事故現場も、

白く白く、染めて行く。


「それは、小学1年生の頃の話ですか?

貴方の初めての友達が、彼女だから。

きっかけができて、貴方は、たくさんの友を作り、輝かしい記録を残しましたね。ピアノ世界一になる夢を叶えた。そうでしょう?

月下つきした かなたさん」


引っ込み思案で、下を向いてばかりいたかなたに、笑顔で話しかけてきたかなは、

今も昔も色褪いろあせず、大切な人だ。


「ピアノは唯一の取り柄だったから、さ。

かながたくさん、たくさんほめてくれたから。さ、死に神さん。もう良いだろ?

願い事を叶えてくれよ」


ぽぅっとかなたの身体が、薄く光ると、

綿わたの様に小さな魂が、死に神のかみしろの手の平に、おさまった。


「ふむ。笑顔ですか。最後の最後に無理難題を押しつけますね。分かりました。

かみしろちゃんに叶えられない願いはありません。まるごと全部、引き受けましょう」


そう言うと、パチンと指を流し、

止まっていた時間が、流れた。


月下 かなたは既に息を、引き取っていた。


臨時ニュースで、高校生にして、ピアノ世界一を獲得したかなたの事故死が、大々的にほうじられた。


事故を起こした青年は、居眠り運転によるものだった。前日までほぼ休みなく、働いた為の過労がひびいていた。


親が離婚してから、壊れた家庭。

仕事に追われて、精神的にも追い詰められた、母親は、娘のかなに、つらく当たっていた。


今日も殴られる。


身構えて、高校から帰ってきた有村 かなが、アパートの一室に入った。


「かな! 見てよ、これ」


夕方6時、仕事帰りの母親が、ひどく興奮している。


「こんなことがあるなんて。諦めなくて良かったわ!」


大興奮した母親が、かなを抱擁ほうようした。


一生に一度、当たるかどうか。


かなの母親が買った宝くじで、100万円以上が、当選したのだ。


これで少しは、暮らしも楽になるよ。

ああ、かな。

今まで、たくさん八つ当たりしてごめんね。

お母さん、頑張るから。


ぽろぽろぽろぽろ、泣き崩れた母親が、

着古したスーツのスカートを折り曲げて、

何度も何度も、娘のかなに謝った。


こんな日がくるなんて。


玄関先で、かなは大泣きすると、包帯を巻いた両手で、顔面を覆った。


「幸せになれよ、かな。お前が笑ってくれたなら、少しは救われるよ」


ぱっと、かなが、顔を上げた。


が、事故の衝撃は、かなから、記憶を一時的に奪っていた。


小さな頃に見た、嬉しそうな男の子の顔を、

かなが、思い出す事は無かった。


ふと、かなが、アパートの外に出ると、

雨雲はやがて、雨に、雪に変わった。


アパートの中から、天才ピアニスト、

月下 かなたの死をいたみ、葬送曲が、その演奏の音が、もの悲しく流れていた。


胸をうつピアノの音に、かなは無償に泣きたくなって、彼の死を悲しみ、そして、

どんよりした空に雪に、笑って見せた。


貼り付いた笑顔が、いつか本物に変わる日まで、かなは、生きる。


かつての同級生をしのびながら。


美しいかなたのピアノの音は、

いつまでも虚空に流れていた。


繊細な白雪に溶けて行く。

音も、何もかも。


数日後。

事故現場の交差点。


白いカサブランカが一輪、置いてあった。


それは生前、かなたが好きだった、

花だった。


「?」


献花けんかに来ていた、かなが、

白いパーカーを着た少女と、すれ違った。


「私の好きなカサブランカの香り」


ほんの微かに、かなが笑った。



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死に神のかみしろちゃん。 ひまわりきんのすけ @sumiki41

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