胡蝶

新月

胡蝶

バイト。

バイト。

バイト。



大学生は学生のはずなのに、

なぜこんなにも働いているのだろう。

学ぶ前に、疲れ切っている。



バイト。

バイト。

ヘイト。



行きたくない。

でも行かないと、

生活ができない。



欲しいものは贅沢で、

休むことは怠惰で、

生きることには、なぜかいつも条件がつく。


憎い、この社会の仕組み。

ニートになりたい。切実に。



バイト。

バイト。

バイト。



頭を空っぽにして、

感情を薄く伸ばして、

何も考えないふりをして。


それがうまくいった瞬間、

奇妙な快感がある。


すべてから解放されて、

今ならどこへでも飛んでいけそうな気がした。





帰り道。

夕方。



空はオレンジ色で、

今日の労働をねぎらってくれているみたいだった。


それはどうも。

今日もちゃんと頑張りましたよ。えらい、私。




公園の前を通りかかる。

子供たちがたくさんいる。


鬼ごっこだろうか。


走る、笑う、叫ぶ。


私はもうずいぶん長いこと、「走る」という行為をしていない。




大学生は、大人なのだろうか。

法律上は成人で、

でも心の中は、まだ全然こどもだ。



以前、誰かが言っていた。



三十代になっても自分は大人じゃない。

四十代になっても、やっぱりまだ大人じゃない。



なるほど。


大人とは、「子供でいられなくなった存在」なのかもしれない。




ふと、立ち止まる。



子供たちの動きが、やけに軽い。


地面を蹴っているというより、

空気を踏んでいるみたいだった。



夕日がまぶしくて、

輪郭が溶ける。

色だけが残る。



赤、黄色、青。

ひらひらと揺れている。



笑い声は、

いつの間にか風の音みたいになっていた。





あれ、と思う。


さっきまで、

確かに子供だったはずなのに。



公園には、

小さな羽音だけが残っている。



ひらひら。

ひらひら。



蝶だったのか。






胸の奥が、

すこしだけ軽くなった。




私も昔は、

あんなふうに走っていたのだろうか。


理由もなく、

どこへでも行ける気持ちで。




夕日が沈む。

公園は静かになる。


私は歩き出す。


歩きながら、思った。



ひらひら。

ひらひら。



私もほんの一瞬、

飛べた気がしたなって。


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胡蝶 新月 @sin_getsu39

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