焔
@___lilith
焔
その無機質な冷たさは、雪解けを迎えた先にある春など微塵も感じさせないようにと、そう途方に暮れていた。私には及びもしないような、芯から凍える寒さ、手がかじかんで真っ赤に染まっている。
なのに、こんな真冬のなか、ただひたすらに電車を待つ。もう私以外の誰もいないような暗闇の下で、薄いコート一枚を羽織り、ぼうっと終わりのない線路をみつめる。どこまでも遙か遠くへと伸びるレール、ぬるくなってしまったココアに重たい鞄、煌々と足下を照らす蛍光灯の白い明かり。
これから向かう繁華街(終点であり終電)へと歩んでいくその形跡は、さぞかし放埒としていることだろう。なぜなら、目的も理由もなく、足取りさえもおぼつかず、ただ歩いていくのみだから。
もう手に職もありつつ一人暮らしをしているので、別に家出でもない。かといって何かしたいが為の手段でもなく、土曜の休日になるとこうして深夜の静けさに紛れ、ふらふらと彼処を徘徊する。
怖くはないのか?
なにもない。たとえ、どれほど人気のない処に辿り着いて、建物の陰に女の独り身を晒そうとも物怖じしたりなどしない。
これっぽちも動じるものがない、なぜなら私は私に無頓着だからだ。いつ何があろうと大したことではない、自分を大切にしていないし、だから手持ち無沙汰故に地に足つかず、もうかれこれ三年は暇を持て余すたび闇夜の都市を彷徨い続けている。そして、仕事が始まる月曜には自宅に舞い戻り、いつも通り現実に帰化する。
べつに異質だと形容するほどでもないだろうが、至って彩色のない日々だ。
卜術
なんら不変哲な日常であることに、今日は今日とて揺るぎない。いつもどおり深夜の町をふらふらと徘徊し、しかし仕事を辞めるわけにもいかないので始発に乗って帰る。
はあっと息が漏れるたび、蒸気となり消えていった。未だ寒さは尾を引くようだ。早朝であるせいか、空の色は濁っている。なんというか、藍鼠色とでもいうような。
ようやく路上に頭角を現す線路が近くなっていく。駅ももうすぐだろう。
踏切を越えようと差し迫っていくと、なんと電柱に身を寄せて、占い師の男が小さな机を構えて座っていた。そのさも窮屈な卓上にはつたない手書きの「手相占い十分千円」との紙切れが置かれている。
物珍しさに、とてつもなく興味関心をそそられた私は、案の定やってもらうこととした。
「じゃあ、ちょっと手のひら見させてもらうよ」
そう目前のおじさんは一言加え、肩に下げていた分厚い眼鏡をかけると、目蓋をひそめて私のほうをのぞき込む。
「これからの恋愛は気になりますね。どうですか?」
「あなたね、死相が出ているよ」
「はあ、というと?」
「なんというべきか・・・・・・生きようとしていない、ある種の放棄ともいえる。だから、死の匂ひにつられて空虚さをおびき寄せ、蝕まれている」
そう語る男は顔色一つ変えやせず、こちらと目も合わせずに淡々と述べる。
職業柄、色々な人を視てきたのだろう。
「そうですか」
そう軽く返事をすれば、私は財布から札を渡し、また朴訥と歩み始める。
終末
ふと浮かぶのは、では私は何に生かされているのか? ここまで来てしまえば仕事に成し遂げたい大義もなく、べつに恋人に求めるものもない。
というより、独りでいて困ることもないが、かといってさしあたり特段に満たされることもない。
いわば、無駄な消費なのだ。
だけど、一方、血を垂れ流して死ぬことさえも憚られる。
なんてことのない畏怖、そうそれが、熱を帯びて、爛熟していた。
ただやはり認めざるを得ないのが、確かに崇高な目的や意思だとかには何にも生かされていない。残ったのは痛ましい拒絶の姿。
けれど明日は訪れる、それに対し何喰わぬ顔をして挑んでいく、「生」というのはこれほどまでに無情な持続性をもつ。
それについて、私という主体がどう思うか?など関与せず、まるで抗えない焚べれば燃え盛るような燃焼にして、絶え間なく劫を経る。
これがわたしというものの温度と質感なのだから、これからだって、その情性に燭火を宿して突き動かされていくことだろう。
陽光はようやく雲の隙から這い上がり、登り始めたようだ。朝日の鮮烈な眩さは、ただ白かった、私を燃え滓だけの亡骸にした。
焔 @___lilith
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