第7話
連れて来られた場所は、初めて会ったあのマンションだった。
ドアを開けたと同時に玄関に押し込められ、すぐさま唇を奪われる。それは、あの日からかうようにされたキスとは全然違うどこか切羽詰まったものだった。何かに追い立てられるように唇を割られる。その隙間から熱く濡れたものが侵入して来て、激しく蠢き、咄嗟に逃げ惑う。初めて知る他人の舌の感触に、身体の奥の芯が揺さぶられた。
冷たかったはずの唇はいつの間にか熱を帯び、跳ねるように弄るように私の口内を彼の舌が動きまわる。どう応えるものなのかわからない。呼吸さえ上手くできなくて苦しい。
「……んっ」
それでも、その手のひらも唇も、私を解放してくれない。厚い胸板とたくましい腕が私を壁へと追いやり、完全に自由を奪われる。
お互いの吐息だけが、広い玄関に響く。
初めての、こんなにも深いキスに怖くて仕方がないのに、その横で胸の奥が激しく疼いている。そんな自分がどうなってしまうのか怖くてたまらなくて、ただ必死にその胸にしがみついた。最初はただ逃げ惑うだけだったのに、たどたどしくも私の舌は自らも絡み付こうとしている。
こんなの、私じゃない――。
身体が勝手に熱くなって、あちこちが自分の意思とは関係なく跳ねる。強く絡みつく舌に、思わず声を漏らしてしまった。
「んん……っ」
もう身体に力も入らない。立っているのもままならなくなりそうになった瞬間、彼が私をきつく抱きしめた。
深く唇を合わせたまま、あのだだっ広いリビングへともつれるように入って行く。灯りは何一つついていないと言うのに、一面の窓から都心の夜景の明るさが部屋に広がっていた。二人だけの空間は、あの日見たよりもずっとずっと広くて寒々しい。
自分には眩しすぎるほどのまばゆい夜景に思わずもう一度ぎゅっと目を瞑ると、あの革張りのソファに押し倒された。その衝撃で目を開くと、私を見下ろす彼の目と合った。視線が交わったのも束の間、その目はすぐに視界から消える。それと同時に唇が重なって。唇にだけ重ねられていた彼の唇が、次第に違う場所にも触れて行く。
「あ……っ、ん……」
唇が解放されて苦しかった分呼吸をすれば、吐き出されたのは鼻から抜けるような甘ったるい声だった。
こんな声、自分から出ているなんて……。
恥ずかしくてたまらないのに声を止められない。唇が首筋を滑る度に身体が震える。その間にも、私の身体を包んでいる衣服が一つ一つ開かれていく。
「み、見ないでください……っ!」
露わにされた胸を咄嗟に両手で隠した。こんな貧相な身体、この人に見られてしまうのかと思うとたまらなく恥ずかしい。
「隠すなよ」
そう言って私の手を取り、ソファに縫い付けるみたいに押さえつけた。
「やっ……」
両手の自由を奪われて、最後の抵抗をするように顔を思いっきり逸らす。彼の手のひらが素肌に触れて、私はまた声を上げた。骨ばった指の感触が、余計に胸を疼かせる。
「細い身体だな……」
「だから、恥ずかしい……って――」
「少し触れたただけで、壊しちまいそうだ……。でも、手加減してやれない」
その声は掠れていてどこか苦しそうだった。
『手加減できない』なんて言っていたのに、膨らみに触れた手のひらの動きは思っていたよりずっとゆっくりとしたもので。さっきまでの激しさが嘘のように、包み込むように、そっと触れてくる。
もう片方の胸に、吐息が掛かった。それに気付いた時には、もうその唇に含まれていた。
「はぁ……っ、あ――」
こんなの、知らない――。
身体が硬く強張る。それは、自分を繋ぎ止めているものを手放してしまいそうになる恐怖からなのか。連れ去られてしまいそうになるのを必死に抗うように身体に力を込める。
怖い――。
次々と押し寄せて来る身体を伝う波のような快感に怖くなる。
「力を抜け。おまえが、辛くなる」
膨らみの頂を口に含みながら喋るから、それがまた愛撫みたいで。懸命に込めていた力が抜けてしまう。
どうしても漏れる声をこれ以上聞かせられない――。
いつの間にか自由になっていた自分の指を噛んだ。
「……自分の指を噛むくらいなら、俺のを噛め」
その声に目を開くと、すぐ真正面に彼の顔があった。私の指を口から引き抜き、長い指を私の唇に当てて中へと入れようとする。
「だ、ダメです。あなたの指なんて、噛めな――」
「だったら、声を我慢するのをやめろ」
「で、でもっ……」
どこにも逃がさないというように私の身体はこの人の腕と脚で絡め取られている。
目の前にある、突き刺さすみたいな熱を孕んだ目が私を捕らえて。どうしようもない緊張と、素肌を晒している恥ずかしさとで、ただ頭をふるふると横に振る。
「……こんなに、指、うっ血させやがって」
掴んでいた私の指を口に含んだ。私の指に生暖かい舌が滑るように触れる。その光景は、酷く淫靡で。ただ指を舐められているだけなのにまた身体が震える。
私の指から唇を離すと、そのまま手のひらに指を入り込ませてぎゅっと握りしめた。
それに驚く。
「どうしたって、これからおまえに苦痛を与えるんだ。何も我慢なんてしなくていい。声だって出したいだけ出していいんだ。痛い分だけ俺に噛みつけ」
しっかりとした眉を少し下げて、困ったような顔をしていた。
「――どれだけおまえが痛がっても、やめてやれないから」
そう言って、再び唇を私の身体へと落とした。
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