第6話
それからというもの、何故だか私の元に何度も何度も来るようになった。
それは大学の正門前だったり、アルバイト先だったり。いかにも高そうな黒い外国車が毎日のように視界に映る。そして、いつも車で送り届けてくれるのだ。
その車内で、何か問い掛けられれば、それに二言三言、言葉を返すだけ。ただそれだけだ。どうしてあの人がそんなことをしているのか、私には想像もつかなかった。
私なんかに何か特別な感情があってしているのだと思うほど馬鹿じゃない。
一つに結んだだけの髪に、気を使う余裕のない服装。どう見ても、あの男が相手にする女ではない。金持ちの暇つぶしで、周りにはいない珍しいタイプの人間に興味を示しているだけ。
いつか飽きて、現れなくなるはず――。
そう自分に答えを出す。
なのに。また今日も、あの人は私の前に現れた。
どうして私は、目の前に現れるたびに、この車に乗り込んでしまうのか。何より一番理解できないのが、そんな自分自身だ。自分のしていることと取るべき行動が乖離して、次第に苦しくなっていた。
そんなことが一か月も続くと、何かが限界で心が悲鳴を上げた。
「教えてください。どうしてこんなことをするんですか? 一体、あなたに何のメリットがあるの?」
助手席で、精一杯自分を保つため、膝の上のバッグを必死に握り締める。
「俺にも分からない。なんで、自分がこんなことをしているのか。アンタと別れた瞬間に、またすぐに会いたくなる。アンタを見ていると、訳が分からない気持ちになる」
この人に見せている姿なんて、大学とアルバイト先を往復しているだけのもの。どうしてそんな私を気に掛けるのか。
「こんな感情知らないんだ。でも――」
もう、足元からグラグラと揺さぶられ続けている。
この人に抗いたいのか、それとも、自分を投げ出してしまいたいのか――。
「どうしようもなく、アンタが欲しい」
子どもが駄々をこねるように呟くその人を初めて近くに感じた。
初めて会った日の、この人の持つ冷酷さを知っている。そんな男が、どこか寂しげで、泣き出してしまいそうな歪んだ笑みを私に向けるから。
愛しい――。
考える前にその感情が胸を埋め尽くす。
母親にでもなったかのような心境になって、腕を伸ばしていた。
強く引き寄せられて、固い腕に閉じ込められる。抱きすくめられた自分の身体は自分のものではないように思えるのに、鼓動の激しさがそれが現実なのだと分からせる。強く抱きしめられて、その腕のなかでじっとしていた。
車が横を通り過ぎるたびに、ライトが暗い車内の私たちを照らす。どれくらいの時間そうしていただろうか。何かを振り切るように私から身体を離すと、無言のまますぐに車を発進させた。
何かを考えているようで何も考えられない。これから自分の身に起ころうとしていることが、まだ自分のことだと実感できずにいる。
それでも。この人といたいと思う気持ちだけは、この瞬間、確かなものだった。
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