推理小説家は愛ある謎を解く
九戸政景@
推理小説家は愛ある謎を解く
「んー……今日もいい天気だなあ」
声を上げながら気持ちよく伸びをする。机の上には今度の新作の下書きが置かれている。あとで片付けないと。
「さて、と。今日のは何かな」
こればかりはやっぱり止められないのだ。僕はベッドから体を出して部屋を出る。
マホガニー色の階段を降りている時、美味しそうな朝ごはんの香りが漂ってきた。早起きな妻はもうキッチンにいるようだ。
「おは……あ、そうだ。昨日の内に言われてたんだった」
出かけた手を戻して軽く握り込む。
「いくよー」
あちらからの返事はないがやってしまおう。一秒待ってから三回ノックして七秒待つ。その後に一回ノックして一秒待つと、ドアが勢いよく開いた。その結果、それに反応出来なかった僕の顔にドアが衝突した。
「おはよ、そ……って! 大丈夫、
「おはよう、
「バチって……もう、そんなのでバチ当たってるなら私なんていくらでもバチ当たるって」
リラックスした様子で友梨はクスクス笑ってからまた朝ごはんの準備をしに行った。
ガツンと衝撃を受けたがとりあえず自己紹介を。僕の名前は朝野
「そらー、テーブルの上に今朝の分置いてたからねー」
「はーい」
扉をしっかり開けて入ってからテーブルに近づく。リビングのテレビからはサビ前のモールス信号が特徴的な流行りの歌が流れていて、僕の著書である『シーザーは二歩進む』がテレビの上に置かれていた。
裏には額があるけれど、どうやら今日の家訓は『えといすぐとつたんにおをつなねりも』らしい。そしてテーブルの上に目を向けると、そこには封筒が置かれていた。
「これだけ見ると、結構怖いよなあ……」
ゴクリとつばを飲みながら言う。何も書かれていない封筒がポツンとあると、何か重要な物があるような気がして身構えてしまうし、物語的にそういうのを期待する人も少なからずいると思う。
残念ながらそんなことはない。これは結婚生活初日から始まった僕達の日課なのだから。
「今日のは……あ、これか」
一枚の紙を封筒から取り出す。そこには書道経験者の彼女らしい達筆な字で書かれている文章があった。
「なになに……
“赤いゆりが言葉を投げ掛ける時、そらはその言葉で太陽を輝かせ、苦き黒き滴でその器を満たすだろう。そこに甘味の雨を伴った聖なる白き滝が流れ込む時、二つの湖が姿を見せ、そらに一つ目のほしが輝くだろう”
……か」
間違いなくこれは暗号だ。妻は謎解きが大好きで、クイズブックや謎解き番組もよく観る。
推理小説家の僕に対して挑戦状のような形で、日に三回こんな形で謎を出してくる。それが僕達の日課なのだ。
「えーと……言葉を投げ掛けられた赤いゆりってことは、赤いゆりと言葉が関連する。花に関連する言葉ってことは、恐らくは花言葉。赤いゆりの花言葉は『優しさ』や『虚栄心』があるけど、この場合はたぶん……」
言っては悪いが、これは簡単だ。僕はやる事を定めて、すぐに行動を始めた。そして数分後、テーブルの上にカフェオレが二つ出来ると、友梨は嬉しそうに笑った。
「大正解! そら、さっすがだね!」
「友梨が思うように、僕は優しかったみたいだね」
今朝の暗号は至ってシンプルだ。赤いゆりが言葉を投げ掛けるということはやはり花言葉を表していて、その花言葉の中の『優しさ』でそらが穏やかな太陽を輝かせるということは、優しいそらなら笑顔でやってくれるだろうという友梨からの信頼だ。
「苦き黒き滴はコーヒーの事で、甘味の雨はスティックシュガーで白き滝は牛乳のこと。それらが流れ込んだ二つの滝は二杯のカフェオレの事だからね。それで、そらに今日もみつぼしは輝くのかな?」
「それはお昼と夜次第。さあさあ、朝ごはんを食べよう。早くしないと逃げられちゃうよ」
ジョーク混じりに言う友梨によってテーブルには次々に朝食が並ぶ。
盛りだくさんの朝食に腹の虫も鳴き声を上げる。
「今日も美味しそうだ。いつもありがとうね」
「どういたしまして。そらこそいつも謎を解いてくれてありがとう。これからもよろしくね」
よろしくはこちらこそだ。楽しく謎が解けた後の達成感の中で食べる朝ごはんは今日も美味しいはずだ。
『いただきます』
ロッキングチェアがギィと鳴ってから僕達は声を揃えて食べ始めた。
しっかりと朝の分は終わったけれど、謎解きはまだ終わらない。何故なら。
「家の中に、“まだ”謎はあるからね」
クスクス笑いながら独り言ちる。そんな謎を紹介する形でラブコメ要素のある新作を書いてもいいかもしれない。名前は。
「推理小説家は今日も愛ある謎を解く」
推理小説家は愛ある謎を解く 九戸政景@ @2012712
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