至高のギフト
天音 花香
至高のギフト
彼は容姿が端麗だった。
幼少期からそのせいでみんなに可愛がられ、ちやほやされた。
それだけではなかった。
彼は絵が上手かった。
初めて彼が色鉛筆で絵を描いたとき、大人は褒めちぎった。
「上手ね! すごいわ!」
「この子には才能がある。将来は画家かな」
彼がもっとも幸せだった瞬間と言えるだろう。このとき彼は、まだ、「上手」という言葉に満足していたのだから。
彼は小学生になり、学校でももちろんちやほやされた。先生からは可愛がられ、女子から好かれ、男子からは尊敬された。
「僕はね、将来画家になりたいんだ」
彼は言い、よく絵を描いた。その絵はやはり評価され、学校から数人しか選ばれない絵のコンクールに出品された。彼は自分の作品がもっとも高い評価を受けるだろうことを疑いもしなかった。
ところが、彼の作品は銀賞だった。
金賞を取ったのは、言葉は悪いが、冴えない男子だった。
みんなは言った。
「あの子は絵しか取り柄がないもんね」
周りの評価は変わらず、彼はちやほやされ続けたが、彼は金賞を取った男子が気になって仕方がなかった。
嫉妬というどす黒い感情が彼の体の奥底に燻っていた。
天は二物を与えず。
彼の脳裏にはその言葉が浮かんだ。
自分は外見がよい。でも、金賞を取ったあの男子は、絵しかない。
金賞を取れなかった理由をそんなところに探した。
この挫折感は、彼の人生に暗い影を落とすこととなる。
中学生、高校生と進級しても、彼は小学生のときに感じた敗北感を忘れることなく、ひたすら絵を描き続けた。
彼の絵の評価はますます上がっていく。
「芸大を受けるといいよ」
美術教員に言われても、彼は当然のことだと思っていた。
自分は画家になるのだ。
彼は見事に芸大に受かり、そこで大いに学んで、公募で賞を取り、画廊と契約を結ぶことで画家としての道を歩み出した。
まだ若い画家の割には、固定の愛好家もつき、容姿も相まって、彼は注目の人となった。
しかし、彼の心に、「上手」や、「美しい」などの絵の称賛は響くことはなかった。
自分が欲しいものはそのくらいの評価ではない。誰かの心を掴むだけでは足りない。もっと圧倒的ななにか。
彼は焦燥感のような、強迫感のようなものを持て余していた。
飲んでも飲んでも足りない水のような。
彼は常に乾いていた。
単なる称賛は無意味で、同時に、絵ではなく外見を褒められることに対して敏感になり、自分の容姿を嫌悪した。
画家になってからも、小学生のときの金賞の男子が忘れられず、自分より売れる画家になっているのではないかと思っては、その妄想を払うかのように絵を描き続ける。
自分はこんなちっぽけな世界で評価されるだけの存在ではない。世界中をどよめかせるほどでなければ。
しかし、彼の絵は一定の評価を受けてからは、なかなかそれ以上にならなかった。
なにが足りないのだ。
努力が足りないのか?
彼は起きている限りの時間を絵に費やした。
そして、彼自身が渾身の出来だと思えるような作品を描き終えた。
「どうだ。僕はこれだけのものが描けるのだ!」
しかし、すぐに買い手はついたものの、画家としての評判は、思っていたほどは上がらなかった。
彼は絶望した。
天は二物を与えず。
「わかったぞ。やはりこの容姿がいけないのだ。ならば、この容姿を差し出そう。だから、神よ、僕に誰も敵わぬような至高の
彼はあろうことか、ペインティングナイフで自分の顔を切り裂いた。
彼は病院に運ばれ、手術をされた後、すぐに鏡を持ってくるように看護師に頼んだという。鏡に映し出された自分の顔を見て、彼は満足そうに笑った。
彼の顔には斜めに傷が入っていて、縫った皮膚は引きつった醜い痕を残していた。
ところが、彼はそのとき、あることに気がついた。
「この鏡にはなにか色がつけてあるのかな?」
「いいえ」
彼の傷は視神経を傷つけていたのだ。彼の片目は色覚異常を起こしていた。
世界が以前とは違って見えた。
色、距離感が判別できず、歪んで見えることもあった。
「なんてことだ!」
それでも彼は絵を描こうとした。だが、眼帯をつけ、片目で描いた作品に彼は満足できなかった。
「神よ、僕を裏切ったな!!」
彼はとうとう気が触れたようになり、眼帯をむしり取り、見えるままに世界を描き殴った。
そして、その絵が完成した夜、彼は自死を遂げる。
彼は知らない。そのとき彼が描いた絵が、その後世界中でオークションにかけられるような作品となったことを。
皮肉なことだが、彼はギフトを手にしたのだった。
了
至高のギフト 天音 花香 @hanaka-amane
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