一月十七日、堀越神社にて
旭
一月十七日、堀越神社にて
毎年一月中頃。
初詣の喧騒が嘘のように静まった深夜、堀越神社の拝殿には日本中の神々が集う。
学問の神、縁結びの女神、戦の神、名も無き小さな土地神まで。
彼らが囲む長い机の上には、無数の“願い”が積まれていた。
「今年も多いのう」
主宰を務める白髭の神がため息をつく。
初詣で集まった願いは、すでに数百万。
――金が欲しい。
――成功したい。
――誰かを不幸にしたい。
「却下」「却下」「論外」
冷静に仕分けられていく中、
最後に残ったのは、三枚の願い札だった。
「今年はこの三つじゃな」
神々は静かにうなずく。
こうして、人知れず三人の運命が動き始めた。
願いその一「もう一度、声を聞きたい」
最初の願い主は、東京で暮らす三十六歳の女性・香澄。
願いはただ一行。
「亡くなった父の声を、もう一度だけ聞きたい」
病院に間に合わなかった。
最期の言葉を聞けなかった。
「生き返らせろ、とは言っておらんのが良い」
神々は相談の末、条件付きで叶えることにする。
その夜、香澄のスマートフォンに一本の留守番電話が入る。
発信者不明。録音時間、わずか十秒。
『香澄。ちゃんと、前を向けよ』
それだけだった。
翌朝、香澄は泣きながら微笑った。
それで十分だったのだ。
願いその二「勝たせてください」
二人目は、大阪の高校球児・直人。
「最後の大会、勝たせてください」
ありふれた願いだと、若い神が首を傾げる。
「だが、こやつは“勝つ理由”が違う」
直人は病気の母に、
「甲子園行くからな」と言っていた。
神々は勝利そのものではなく、
“流れ”を与えることにした。
奇跡的な好守、風向き、相手の小さなミス。
結果は――準決勝敗退。
だが、試合後。
病室のテレビの前で、母は泣きながら拍手していた。
「十分や。誇らしいわ」
直人は初めて、負けて救われた。
願いその三「自分を許したい」
最後の願いは、四十代の男性・修司。
「過去の自分を許せるようにしてください」
事故で人を死なせた。
罪を償い、出所しても、心だけが刑務所に残ったまま。
神々は長く沈黙した。
「これは、我らが直接どうこうする願いではない」
それでも、ひとつだけ“出会い”を用意する。
修司はある日、堀越神社で迷子の少女を助ける。
その母親の言葉。
「ありがとうございます。あなたがいてくれて、本当に良かった」
その一言が、
修司の胸の鎖を少しだけ緩めた。
会議は終わり、神々はそれぞれの社へ帰っていく。
「人間の願いは、重いのう」
「だが、面白い」
人は願う。
神は選ぶ。
そして、答えはいつも少しだけ不完全だ。
それでも――
また来年、一月中頃。
神々はここに集まる。
誰かの“たった一度の願い”のために。
一月十七日、堀越神社にて 旭 @nobuasahi7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます