すきま

指野 光香

すきま

 私の教室には、不思議なロッカーがあったんです。


 いつも、少しだけ開いていたんです。


 帰るときにきちんと閉めても、翌朝にはなぜか開いていたんです。全員分。


 ええ、はじめはみんな、誰かのイタズラだろうって思ってました。


 先生も、開けっぱなしはだらしないだろーなんて笑って注意していましたし、みんなも、はーいなんて気の抜けた返事をして笑いながら、自分のロッカーを閉めていましたから。


 でも、どんなに注意しても、どんなに閉めても、朝、登校したときには絶対に開いていたんです。


 開校時間よりも早く行って、門が開くのを待って、誰よりも早く教室に入れば閉まっているんじゃないか。みんなで考えて試しました。


 開いていました。一つ残らず。


 先生がムキになって、みんなのロッカーをガムテープで止めました。


 開いていました。貼り付けたテープはロッカーの形に切れていました。



 みんな不思議がって、怖がって、次第に誰もなにも言わなくなりました。


 触らぬ神に祟りなしとでもいうように。


 けれど私は知りたかったんです。


 何が起きているのか。


 何がいるのか。


 だから泊まったんです、誰にも内緒で、学校に。


 いつもと違ってしんとした廊下。


 冷え冷えとした空気は否が応でも「何かいる」という気持ちにさせてくれました。


 遠くまで続く闇の中に、何かが潜んでいるんじゃないかと、そんな不安が湧いてきました。


 だから早歩きで教室に向かいました。


 私の足音がよく響いていました。


 教室に入ると、ロッカーは閉まったままでした。


 私はうきうきしていました。とうとう、ロッカーの秘密を暴けると。


 そうして、教室の真ん中に座り込みました。


 私は不寝の番をするつもりでいました。そのためにたくさん昼寝をして、たくさんコーヒーを飲んで、その夜を迎えました。


 じっとロッカーを見つめます。


 動かない、整然とした、4かける11の、長方形の、暗く、かたい、ロッカー。


 そのまま、どれだけの時間が経ったでしょう。


 待てども待てども、ロッカーは動きません。


 空が白んできました。


 私は恐れ始めました。


 ロッカーが、開かないのです。


 開かないまま、朝を迎えてしまったのです。


 怪奇現象などは起きなかったのです。


 私が見ていたために、何も起きなかったのです。


 そうして、皆が登校してきました。


 みんなは開いていないロッカーを見て、驚きの声を上げました。


 それが喜びだったのか恐怖だったのか、今もわかりません。


 私は、自分が一晩監視していたのだとは言えませんでした。


 一通り驚き終えた皆が、自分のロッカーを開けようとしました。


 しかし開かないのです。


 あれだけ閉じようとしていたロッカーが。


 開かないのです。


 皆、それぞれの方法で力を込めています。


 私も、皆に倣ってロッカーに手をかけます。


 開きました。


 5cmにも満たない程度の幅でしたが、開いたのです。


 暗く、中の見えないすきまです。


 そこには廊下よりも深い闇が広がっています。


 私のロッカーです。


 そこに何があるかなんてわかりきっています。


 そこには、ノートと、教科書と、リコーダーと、体育館履きがあります。


 あるはずでした。


 そこには毛布が詰まっていました。


 本当に毛布かどうかはわかりません。


 本当は獣だったかもしれません。


 ただの埃かもしれません。


 けれど確かにそこに、あったのです。


 私は思わずロッカーを閉めました。


 しかし皆は、まるで蜘蛛の糸に縋るように、私のすきまに群がろうとします。


 彼らに押されて、私はもう一度、ロッカーに手をかけました。


 結局、ロッカーは開きました。


 完全に、開きました。


 開いたロッカーには、ノートと、教科書と、リコーダーと、体育館履きだけがありました。


 皆のロッカーも同じでした。


 けれど私はどうしてもロッカーを使うのが嫌で。


 それから毎日、すべての教科書を持ち歩くようになりました。

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すきま 指野 光香 @AlsNechi1436

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