涙降る街
青葦 司馬丸
サンタが嫌いだ
——いつも通りの帰り道、僕とゴンちゃんはとある約束を交わした。
「サンタさんに会おう。」
今日は12月24日、少し前に一年で一番夜の長い日が訪れたことを感じさせるような空の色だ。今日も、しっかりと小学校のチャイムが鳴る時間に出てきたのに、空はもう茜色に染まっている。反対の空を向けば、そこにはもうクリスマスの夜が迫ってきている。あっち側に行けば、早くサンタさんに会えるのではないか。そんなことを思いながら、いつもの別れ道まで来てしまった。毎日の帰り道、僕とゴンちゃんはあまり喋らない。
ゴンちゃんは今年からこの学校に来た転校生で、元はアメリカにいたらしい。最初こそみんなの注目の的だったが、運動会の頃には休み時間を一人で過ごしている姿も見た。そんなゴンちゃんと僕は、遠足で同じ班になった。最初は正直言って怖かった。あんなに人気だった人がひとりぼっちになるなんて、何か事情があるのではないか、と考えている節もあった。けれど、そんな不安は一瞬で払拭された。鳥人戦隊ウィングマンの話で盛り上がったのだ。小学校六年生にもなって、周りの子たちは子供っぽいと言って見なくなっていた。そんな中で唯一、僕とゴンちゃんは意気投合したのだ。そんなこともあって、僕らは放課後までも遊ぶ仲になった。学校から10分ほど歩いたこの丁字路で僕らは別れる。じゃあねと手を振った後、いつもは重たい足も、今日だけは家に向かってひとりでに動いていった。ほとんど駆け足で家へ入る。手を洗い、共働きの親の用意してくれていた夕飯を平らげる。お風呂を済ませ、すぐに布団を用意した。夜を乗り切るために今のうちに寝なければと考えた僕は、枕元に母の編んだ大きな靴下を置いて夢の世界へと沈んでいった。
目が覚める。眼前に広がる無機質な天井と、体に被さる何重もの布団の重さが、目覚めたばかりの脳をいつもの朝へと持ってくる。非常に懐かしい感覚を覚えた気がする。ただ、そんなことに浸っている間もなく、クリスマスを満喫したい欲望を叶える暇もなく、仕事が私を待っている。重たい布団を払いのけ、満足に血の通わない体に鞭を入れる。今日は12月24日、冬至を経たのだが、日が伸びる気配は一向にない。朝6時の窓を開ける。結露の奥に広がる清涼な空気が、肺の中を突き刺す。朝焼けに包まれる街はなんだか、私を後ろめたい気持ちにさせる。人がいないのに、活気を持つこの街が、苦手になったのは一体いつからだろうか。澄んだ空気を肺いっぱいに吸う。冬の朝の空気が孕む刺々しさと、懐かしさを感じる。そんな余韻に浸りながら、窓を閉める。その衝撃で垂れていく結露の姿を、自然と涙に重ねてしまっていた。適当に支度を済ませて、今日も明るい街に一人、歩みを進めた。
市立の小学校、その職員室でコーヒーを飲みながら仕事をこなしていた。冬休みに入った学校には、いつものような暖かい空気はない。ただ、学校そのものの持つ不思議な明るさに、自然と居づらさを感じてもいた。別に特別な仕事を受け持つわけでもないが、この町での居場所を求めるかのように、重たい足はここを目指して動いた。結局、心地よくいられるわけでもないのに。換気のために開けた窓から入る風が、私の首をなぞり、暖かな感情に浸らせまいとしてくるようだ。
開けた窓から入り込む刺々しい空気と共に、暖かな耳触りの音も運ばれてくる。開放された校庭で遊ぶ子供たちの声が、社会に揉まれる前の自分の姿を呼び起こす。いったい、あの日から何度のクリスマスを過ごしたのだろう。あの日の約束は未だ果たせていない。そもそも、あの日以来、私はゴンちゃんに会えていない。
キーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴り響く。休み期間の間、一日に一度しか鳴らないチャイムだ。その音が追い出すかのように、校庭で遊んでいた子どもたちの姿も見えなくなっていった。私も荷物をまとめて、席を立つ。校門へ向かう。吐き出した白い息は、茜色の空へと溶けていく。
「あっちの空ってもうクリスマスじゃね?」
聞き覚えのあるセリフが聞こえた。目を向ければ、二人の子供が校門の前で立ち話をしているようだ。普段なら、早く帰れ、などと言って通り過ぎていくのだが、この日は違った。またゴンちゃんに会える気がした。子供達の話がどんな方向へ行くのか、楽しみで仕方がなかった。あぁ、まだあのクリスマスから抜け出せていないんだ。見上げた空は茜に染まり、西の空からクリスマスが迫っている。
家に帰って、枕元に靴下を準備して眠りについたあの日の僕は、地を揺るがす強い衝撃で目が覚めた。靴下の中には、最新のゲーム機が入っていた。しまった、寝過ぎてしまった……そう思った時には、親が部屋に入ってきて叫んでいた。
「早く逃げるよ!!」
意味もわからず、サンタの正体を掴めなかったと後悔する間もなく、親についていくしかなかった。打ち付ける棘のような雨風をビニールカッパ一枚で凌ぎ、ついさっき出た気がする小学校へと向かった。小学校の体育館の中には、人がぎゅうぎゅうに詰まっている。後から知ったことだが、僕らの家は震度6強で揺れたらしい。少しばかり明るい空は、クリスマスに似つかわしくない灰色に曇り、年の瀬に急ぐ大人たちの気持ちを写しているようだった。
焦る大人たちを横目に、僕はゴンちゃんを探していた。数少ない友達でもあるし、何より、サンタさんに出会えたかを尋ねたかった。なるべく邪魔にならないように、人の隙間を縫って周りを見渡した。涙を流す人々、食糧を運ぶ人々、事の重さにも気づきかけていたが、足の動きは止まらない。ただ、ゴンちゃんの姿は見えなかった。きっと、別のところに避難したのだろう。そう思っていた。
年が明けるまで、僕はおじいちゃんの家に預けられていた。家に帰り、久しぶりに学校へ行く時に異変に気づいた。あの丁字路に誰もいない。ゴンちゃんはどうしたのだろう、まさかあの地震で、そんなことに脳を蝕まれながら、朝の学活が始まった。そこで先生の口が開いた。
あのクリスマスは、私から何もかもを奪った。思い出も、楽しみも、かけがえのない仲間も。そんな過去に縛られたまま大人になって、未だにクリスマスを呪っている。こんな私を見て、君は何を思うのだろう。どこか遠くの地で、僕を思い出しているのだろうか。校門を出て、茜色の空に問いかけた。西から迫る闇に言い放つ。サンタが嫌いだ。目の前ではしゃぐ子供達の笑顔が見えた。
涙降る街 青葦 司馬丸 @_naik_0719
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