雨の理由

 目を覚ますと天井がいつもより遠く感じた。窓の外からは変わらず雨の音が聞こえている。


 激しい悪寒に焼けるような喉の痛みを感じ、体が鉛のように重くなっている。


 「最悪だ。よりによって今日に..」


 布団の中のままスマホの時計を確認する。今は午前十一時。とっくに学校は始まっている時間だった。


 体が動かない。そのまま天井を見つめていると体が熱を帯びていく。


 だがあの子との約束は破る訳には行かない。僕は無理やり重い体を引きずり薬箱の中にある風邪薬を飲み、再びベッドで横になった。


 スマホを握ったまま目を閉じる。また目が覚めた時少しでも良くなってほしいと願いながら僕の意識は無くなっていった。


 ——


 再び目を覚ますと部屋の明るさは無くなっていた。変わらず降り続ける雨のせいで余計に暗く感じる。


 スマホを見ると午後五時三十分。もうすぐバスが着く時間だ。


 ふらつく体を無理やりベッドから出し、急いで用意を始めた。


 まだ喉の痛みや悪寒は感じたが朝ほどではなかった。体も多少マシにはなっていた。

 

 用意を終え僕は家を飛び出した。傘に落ちてくる雨の勢いが増しているように感じた。


 いつも会っていた時間は午後六時。それまでにはなんとしても行かなくてはならない。


 ——しかし一歩が重い。


 踏み出すたびに頭が痛み、悪化しているように感じる。普段は家から数分の場所が恐ろしく遠い。


 何度か立ち止まった。だが引き返しはしなかった。できなかった。なぜか、今日が最後になる気がしたから。


 普段の倍ほどの時間をかけバス停にたどり着いた。


 だがスマホを見ると時間は六時十七分。いつもの時間は過ぎてしまっていた。


 急いで屋根の下へと向かうとそこにはいつもと違う少女の姿があった。


 「来てくれたんだ、今日も。」


 確かにそこにいるはずなのに今にも消えてしまいそうな..そんな儚さを感じてしまった。

 

 「随分無理してきてくれたんだね。」


 「約束だからな。..遅れてごめん。」


 二人でベンチに座った後に体の奥から絞り出した声で必死に謝った。それが今の自分の精一杯だった。


 「大丈夫だよ。」


 少女は首を横に振りながら言った。揺れた白い髪からは雨粒一つ散ってはいなかった。

 

 「今日はわたしから話したいことがあったんだ。最後に。」


 「そうか。何?」


 「やっぱり優しいんだね。二年前と同じ。」


 「あの時も、風邪引いてたな..」


 「なのに来てくれてたよね。」


 二年前にあった五歳の女の子が犠牲になった一つの交通事故。その現場もこの付近だった。


 「あの時来てくれて嬉しかったなあ。ちゃんと見てたんだよ?」


 「そっか。ごめんな。何もできなくて。」


 「ううん。いいんだよ。こうして約束も守ってくれたから。」


 以前した約束。僕が中学生になったら学校での話を教えるというものだった。ずっと学校に行くのを楽しみにしていたから。


 話しているうちに徐々に視界が薄れていった。風邪のせいか少女の姿も薄れていっている気がした。


 いつの間にか少女が自分に寄りかかっていたが彼女の体からは何も感じなかった。体温も、重さも、存在さえ。


 だが不思議と安心していた。


 「それじゃあ、わたしそろそろいくね。もう時間だから。」


 少女はゆっくりと立ち上がりバス停の外に出ていった。


 「そっか。また話聞かせるから。」


 「ありがとう。待ってるね。」


 意識が朦朧とする中霞む景色の中必死に最後まで少女を見続けた。


 その姿はやがて雨の中に消えてゆき完全に姿が見えなくなった時僕の意識も途絶えた。

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